森鴎外『青年』モデルとなった夏目漱石との関係も解説!

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森鴎外『青年』モデルとなった夏目漱石との関係も解説!

『青年』の紹介

『青年』は、1910年(明治43年)3月から1911年(明治44年)8月まで文学誌「スバル」に連載された森鷗外の長編小説です。

夏目漱石の長編小説『三四郎』(1908年)に影響を受けて執筆されたとも言われています。

『三四郎』と同様、上京した一人の若者を主人公とする、青春小説です。

ここでは、そんな『青年』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『青年』—あらすじ

小泉純一は、小説家を志して上京した地方出身の青年です。

純一は、作家・大石路花を訪ねたり、作家・平田拊石の講演会に行ったり、拊石の講演会で知り合った医大生・大村との親睦を深めたり、様々な人々との交流を通じて啓発されていきます。

ある時、純一は、イブセンの劇を見に行った先で、坂井夫人という未亡人と知り合います。

純一は、次第に坂井夫人のことが忘れられなくなります。

年末年始に箱根に行くという坂井夫人は、「お暇があったら箱根へいらっしゃいましね」と純一を誘います。

坂井夫人を追うように箱根へ向かった純一は、そこで、有名な画家の岡村と一緒にいる夫人に遭遇します。

純一が遭遇した坂井夫人と岡村は、まるで夫婦のように見えました。

坂井夫人も美しい肉の塊にすぎないと悟った純一は、今何か書いてみたら、何か書けるかもしれないと思い始めます。

そして、当初書こうと思っていた現代小説ではなく、伝説を元にした作品を書こうと決心し、純一は箱根を後にするのでした。

『青年』—概要

物語の主人公 小泉純一:Y県出身。小説家志望の若者。
物語の重要人物 坂井れい子:美貌の未亡人。
主な舞台 東京
時代背景 明治時代
作者 森鷗外

『青年』―解説(考察)

「積極的新人」とは

『青年』では、主人公・純一が、様々な人々との交流を通じて、啓発される姿が描かれています。

その中で、「積極的新人」に関する思想が登場します。

「積極的新人」の思想は、日本の自然主義文学に対する批判と結びつけて考えることができます。

まず、言葉の意味を整理したいと思います。

作中、作家・平田拊石の講演会を聴講した純一は、拊石が言った「新しい人」という概念を受けて、これを二種類の言葉に分類しています。

・「消極的新人」=旧い観念にとらわれていない新しい考え方の人。

・「積極的新人」=単に旧い観念にとらわれないだけでなく、積極的に新しい観念をもち、それを確立している人。

(引用:森鷗外,『森鷗外全集第二巻』,筑摩書房,1971,語注)

19世紀末期、フランスのエミール・ゾラが提唱した自然主義は、明治末期の日本の文壇にも取り入れられました。

明治40年代、日本の自然主義文学は最盛期を迎えており、『青年』が執筆された当時もそのような潮流にありました。

「消極的新人」とはすなわち、自然主義という新しい文学を書く人々を指すものだと考えられます。

「日本で消極的な事ばかし書いてゐる新人の作を見ますと、縛られた縄を解いて行く處に、なる程と思ふ處がありますが、別に深く引き附けられるやうな感じはありません。(中略)西洋で新人を云はれてゐる連中は、皆氣息の通つてゐる處があつて、それが日本の新人とは大分違つてゐるやうに思ふのです。(中略)どうも日本の新人といふ人達は、拊石さんの云つたやうに、小さいのではありますまいか。」

森鷗外,『森鷗外全集第二巻』,筑摩書房,1971,28頁

純一は、日本の自然主義が、因習や前提の単なる破壊にすぎないと考えるようになり、「消極的新人」が多数を占める日本の文壇に疑念を抱くようになります。

そして、単なる破壊に止まるのではなく、理想や道徳、宗教、自主性の建立を目的として因習等の破壊を行う「積極的新人」になるべく思想の転換を行っていくのです。

前作『ヰタ・セクスアリス』にも、自然主義文学への批判は見られますが、『青年』もまた、反自然主義の立場を明らかにした作品だと捉えることができます。

何を描いた青春小説か?

一口に青春小説と言えど、テーマは様々です。

恋愛を描いたもの、成長を描いたもの、或いは友情、家族…etc…。

近代青春小説の代表作とも言われる『青年』ですが、この作品が、何を主なテーマとしているか、まとめると

主人公の青年の思想の変化・成長

を描いた作品であると考えられます。

具体的には、〈消極的青年〉から〈積極的青年〉へ至る、主人公の内面変化を追った作品だと考えます。

『青年』は、主人公の純一が、自然主義の作家・大石路花を訪ねていく場面から物語が始まります。

大石路花は、明治から昭和にかけて活躍した作家・正宗白鳥がモデルと言われています。

※正宗白鳥(1879年ー1962年)

自然主義の作家。
代表作として『何処へ』(1908年)、『泥人形』(1911年)などがある。
虚無的な作品傾向が強く、「ニヒリスト白鳥」とも呼ばれた。

先にも触れましたが、明治末期、日本の文壇の主流は、自然主義文学でした。

当時、青年達の多くは、自然主義文学に影響を受け、正宗白鳥に見られるような虚無的風潮などを共有していたのでしょう。

物語序盤の、大石路花に傾倒する純一の姿は、そういった明治の青年達を代表しているとも捉えられます。

しかし、自然主義寄りであった純一は、作家・平田拊石の講演会で「積極的新人」の思想に触れたことにより、内なる思想の変化を迎えていきます。

先頃大石に逢つた時を顧みれば、彼を大きく思つて、自分を小さく思つたに違ひない。併し彼が何物をか有してゐるとは思はない。自分も相應に因襲や前極めを破壊してゐる積りでゐたのに、大石に逢つて見れば、彼の破壊は自分なんぞより周到であるらしい。(中略)然るに今日拊石の演説を聞いてゐるうちに、彼が何物をか有してゐるのが、髣髴として認められた樣である。

森鷗外,『森鷗外全集第二巻』,筑摩書房,1971,26頁

『青年』では、坂井夫人を始めとして、複数の女性が登場し、彼女達との関係性の中で純一は様々な思いや考えを抱くようになります。

それらは、純一の思想が〈積極的青年〉に至る契機の一つ一つではありますが、『青年』という作品の主題そのものが、主人公と女性を巡る愛や肉欲の話だという結論にはなりえません。

坂井夫人とのエピソードを通じて、「夫人のことを忘れたいから、愛や肉欲とは全く関係のない話を書こう!」とか「愛や肉欲にまつわる作品を書いて、夫人への想いを形にしよう!」とか言っていたら、『青年』は一人の若者を巡る愛や肉欲をテーマにした青春小説だと言えるかもしれません。

しかし、実際には、純一は坂井夫人を肉の塊という物体に見なすに至っており、愛や肉欲に関して非常に淡泊な態度になっています。

現代小説=愛や肉欲に関するテーマが多かった当時の自然主義文学から離れ、伝説を元にした作品を書こうとする主人公の姿は、自然主義の作家に傾倒する冒頭の姿と対立構造になっています。

『青年』とは、こうした主人公の思想の変化を主軸にした作品であると考えられるでしょう。

森鷗外と夏目漱石

さて、解説の中で何度か名前を挙げていますが、『青年』には平田拊石という作家が登場します。

主人公の純一が「積極的新人」の思想に目覚めていく契機となった人物・平田拊石には、モデルが存在します。

『青年』の登場人物・平田拊石のモデル=明治大正の文豪・夏目漱石

拊石と漱石という号もそうですが、平田拊石のモデルが夏目漱石であるということは、分かりやすく読者に示されています。

話題に上つてゐるのは、今夜演説に來る拊石である。老成らしい一人が云ふ。あれは兎に角藝術家として成功してゐる。成功といつても一時世間を動かしたといふ側でいふのではない。文藝史上の意義でいふのである。それに學殖がある。短篇集なんぞの中には、西洋の事を書いて、西洋人が書いたとしきや思はれないやうなものがあると云ふ。

森鷗外,『森鷗外全集第二巻』,筑摩書房,1971,20~21頁

「それでも教員を罷めたのなんぞは、生活を藝術に一致させようとしたのではなからうか。」
「分かるもんか。」
目金の男は一言で排斥した。
今まで黙つてゐる一人の怜悧らしい男が、遠慮げな男を顧みて、かう云つた。
「併し教員を罷めた丈でも、鷗村なんぞのやうに、役人をしてゐるのに比べて見ると、餘程藝術家らしいかも知れないね。」

森鷗外,『森鷗外全集第二巻』,筑摩書房,1971,21頁

上記引用はいずれも、平田拊石の講演を前に、聴衆が拊石について語っている場面です。

一つ目の引用にある「短篇集」とは、1906年(明治39年)刊行の夏目漱石の短編集『漾虚集』を指しているものと推測されます(※『漾虚集』の内容については、夏目漱石の生涯&作品解説を参照ください)。

また、二つ目の引用に、拊石が教員を辞して文芸活動をしていることが挙げられていますが、これは夏目漱石の経歴と合致します(ちなみに、二つ目の引用中にある「鷗村」は森鷗外自身をモデルにしていると思われます)。

夏目漱石は、鷗外と同じく、反自然主義の作家です。

漱石は鷗外より5つ年下で、漱石が『吾輩は猫である』で文壇デビューした頃には既に、作家・森鷗外の名前は知れ渡っていました。

年齢的にも、作家歴を見ても、鷗外の方が漱石の先輩に当たる訳ですが、鷗外の作品には、漱石やその作品について一目置いていたことが窺える表現がしばしば見受けられます。

実際の間柄として、それほど親しい仲ではなかったようですが、お互い面識はあったそうです。

文豪・森鷗外が、文豪・夏目漱石をどのように見ていたのかを垣間見ることができるという点においても、『青年』は非常に興味深い作品だと感じます。

『青年』―感想

〈補足〉森鷗外の反自然主義について

感想というよりも、補足的な内容を少々。

『青年』が自然主義文学への批判を含んでいることは解説のとおりです。

が、注意しておきたいのは、主人公・純一が批判する対象は「日本で消極的な事ばかし書いてゐる新人」です。

日本の自然主義は、西欧の自然主義運動が元になったものですが、はっきり言って西欧のそれとは物が違います。

西欧の自然主義は【あらゆる美化を排除し、自然科学的観点から客観的に、現実を正確に捉えよう】としたものです。

ところが、日本では、自然主義とは【現実をありのまま、暴露的に描くもの】という誤った解釈で広まりました。

したがって、本来の自然主義に特徴的な客観性などは、日本の自然主義では殆ど失われています。

森鷗外の反自然主義は、あくまで、日本の自然主義に対して批判的な立場であったと言うことができるでしょう。

作中、「日本人は色々な主義、色々なイスムを輸入して來て、それを弄んで目をしばだたいてゐる。何もかも日本人の手に入つては小さいおもちやになるのである」と、平田拊石が言っていますが、言い得て妙だなあと思うばかりです。

(文学とは全然関係ありませんが、ハロウィンなどの文化も、日本の場合、本来的な意味が失われて、大人による大人のためのコスプレ大会になり替わっているところを見ますと、日本人による小さいおもちゃ製造傾向は依然続いているのか…と思ってしまいます。)

『青年』は、当時の文壇の状況や、自然主義・反自然主義について、前知識がなくとも読める作品ではありますが、これらの知識を踏まえた上で読んでみると、より面白味を感じられる作品です。

以上、森鷗外『青年』のあらすじ・解説・感想でした。

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yumihara

文学部出身の主婦です。文学の魅力が少しでも伝わるような、わかりやすい解説・感想を心がけていきたいです。