芥川龍之介『手巾』モデルの新渡戸稲造から芥川が伝えたかったことまで!

『手巾』の紹介

『手巾(ハンケチ)』は芥川龍之介の作品です。

作品の主人公は、『武士道』を記した新渡戸稲造がモデルであるともいわれています。

芥川龍之介は、『手巾』を通じて何を伝えようとしたのでしょうか。

ここでは、『手巾』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『手巾』-あらすじ

東京帝国法科大学教授の長谷川謹造先生は、ヴエランダのいすに座りながら、ストリントベルクの作劇術を読んでいました。

先生は、一章読み終える毎にヴエランダに吊るしてある岐阜提灯のほうを眺めます。

この岐阜提灯は、アメリカ人である先生の妻がぶら下げたものでした。

先生は日頃から、日本文明の堕落を救済するのは「武士道」しかないと考えていたのです。

そんなとき、西山篤子という女性が先生の自宅を訪ねてきました。

篤子は、先生の生徒だった西山憲一郎の母親で、彼が亡くなったことを知らせに来たのでした。

篤子は息子の死を語りながら、涙ひとつ見せませんでした。

しかし、膝の上に置いた手巾を、両手で裂かんとするばかりにきつく握っていたのです。

先生はそんな篤子の「日本の女の武士道」に感銘を受けます。

その日の夜、先生はストリントベルクの作劇術の続きを読みました。

そこには、「巴里出身のハイベルク夫人がみせたような、顔は笑いながら手はハンカチをふたつに裂くという演技は、臭味と名付ける。」と書かれていました。

先生は、不快そうに二三度頭を振って、岐阜提灯の明るい灯を眺め始めました。

『手巾』概要

主人公 長谷川謹造
重要人物 先生の妻、西山篤子、ストリントベルク
主な舞台 先生の自宅
時代背景 大正
作者 芥川龍之介

『手巾』―解説(考察)

・新渡戸稲造と芥川龍之介

冒頭でも述べたように、『手巾』の主人公である長谷川謹造先生は、『武士道』を記した新渡戸稲造がモデルであるとされています。

新渡戸は、日本の教育者です。帝国大学に進学しますが、日本の大学のレベルの低さに失望し、アメリカに留学します。

そこで、のちに妻となるメアリー・エルキントンに出会ったそうです。

新渡戸の略歴を見てみても、長谷川謹造先生と重なる点が多いので、モデルが新渡戸稲造というのは、ほぼ間違いないと思われます。

新渡戸が記した『武士道』は、日本人の説明書とでも言えるもので、他国の人に日本人とはなにかを説いた書物です。

新渡戸は芥川が在学していた第一高等学校の校長で、当時多くの学生に影響を与えていたそうです。

芥川が新渡戸について直接言及しているものは少ないですが、新渡戸が行った倫理の授業に反感を持っていたようでした。

「人間は色々汚いものを有ってゐるから、友達同士でも醜いものを遠慮なくさらけ出し合ふと、互に愛想が尽きて世は成立しない。(中略)私は之を聴いて非情に憤慨しました。」

芥川龍之介「明日の道徳」より引用

これは芥川龍之介が新渡戸稲造の授業について記述したものであるとされています。

この反感をきっかけに、芥川は『手巾』を執筆しました。

このような経緯で書かれた作品ですから、芥川から新渡戸に向けた反感や皮肉が作中に現れているはずです。

次の章では、それらの観点について触れていきたいと思います。

・捨てきれない贔屓の心

作品は、長谷川先生がストリントベルクの作劇術を読むところから始まっています。

先生は植民政策の専門ですが、学生のためならば専門外の書物も読む姿から、教育への情熱が窺えます。

しかし、一章読むごとに先生の心はベランダの岐阜提灯にうつり、日本の文明に思いを馳せています。

先生は日本文明の精神的発展の遅れを按じていて、その解決策として「武士道」を強く推奨しています。

この武士道が、日本文明の発展のみならず、欧米各国との相互理解にも利益があるというのです。

ここで、芥川龍之介は新渡戸稲造への批判を間接的に示しています。

新渡戸は日本と欧米各国との架け橋になろうと志している人間です。

しかし、ストリントベルクの作劇術を読んでいる途中で何度も集中力を失っている様子から、海外に向けた情熱が薄いという印象を読者に与えています。

また、西山篤子の「日本の女の武士道」に感動し、上機嫌になる様子から、日本人こそが優れているのだという偏見さえも感じ取ることができます。

日本の精神的発展のためには「武士道」が必要で、それをもってすれば欧米各国ともうまくやっていけると考えていた長谷川先生。

しかし、彼は日本人への贔屓の心を捨て去ることができていませんでした。

自国の価値観を欧米各国に押しつけようとしていることに、先生自身が気づけていなかったのです。

・岐阜提灯の点灯が意味するもの

『手巾』を読み解く上で無視できないのが、岐阜提灯の存在です。

日本と欧米各国の文明発展についての作品ですので、岐阜提灯が日本の文明を象徴していることに気づいた読者の方は多いのではないでしょうか。

しかし、岐阜提灯にはそれ以上の意味が隠されています。

岐阜提灯について注目すべき点は、作中での時間の経過、つまり、岐阜提灯に灯りがともされているか否かです。

西山篤子が訪ねてくる前の場面では、このように記されています。

「ヴエランダの天上からは、まだ灯をともさない岐阜提灯が下がつてゐる。」

そして、西山篤子のことを妻に話したあとの場面で、これまで「武士道」を信じ続けていた先生の心に、突然「得体の知れない何物か」が生まれます。

この事実に気がつくきっかけとなったのは、ほかでもないストリントベルクの作劇術なのですが、そのときの岐阜提灯の描写に注目してみましょう。

「丁度、その時、小間使が来て、頭の上の岐阜提灯をともしたので、細い活字も、さほど讀むのに煩はしくない。」

提灯の灯りがともされたことによって活字が読みやすくなった、と文面通りの解釈をさせるためならば、この一文は描かれる必要がなかったと思います。

部屋が明るくなれば本が読みやすいというのは、一般的にはあたりまえのことです。

芥川龍之介がここで伝えたかったのは、岐阜提灯の灯、つまり、日本文明の発展によって見えてくる「武士道」への否定的意見ではないでしょうか。

日本の発展によって他国と多くの関わり合いを築いていく中で、かならずしもすべての国や人種が、日本の「武士道」を受け入れてくれるとは考えられません。

長谷川先生がそうであったように、文化の違う他国の思想や言動には、疑問を持つものです。

芥川は、「武士道」を信じるだけでは「平穏な調和」は崩れてしまうということを、長谷川先生に気付かせたかったのではないでしょうか。

『手巾』の感想

・臭い演技と日本の美徳

わたしが『手巾』を読んでいちばんに感じた感情は、「悔しさ」でした。

作品を読み進める中で、わたしも西山篤子の行動に感動させられました。

息子がお世話になった先生の前で、泣くじゃくるような無様な姿を見せまいと必死に耐えていたのでしょう。

篤子が心のない母親ではなく、どんなときでも自分を律することが出来る女性であることに感動したのです。

それにもかかわらず、この行動を作劇術で「臭味」と呼ばれていることにある種の悔しさを感じました。

しかし、それ以上に悔しかったのは、この事実に納得してしまう自分がいたことです。

悲しいとき、泣かずに手巾を強く握ってみせるのは、たしかに演技臭さを感じてしまいます。

単純に泣くよりも、見る人に何か感じ取らせようとしている気がして、すこし興ざめしてしまいました。

この作品に出会ったことで、日本人の美徳の少し違った観点を見つけることができたと思います。

・長谷川先生が選んだものたち

日本を愛する長谷川先生の妻がアメリカ人である、という設定に、はじめは違和感を覚えました。

モデルになった新渡戸稲造も長谷川先生とおなじく、アメリカ人のメアリー・エルキントンと結婚しているようですが、彼女が「長谷川先生の妻」のモデルであったのかは定かではありません。

世界との調和において「武士道」をなにより大事としている先生が、日本の妻をとらずにアメリカの女性を選んだ設定に、芥川龍之介はどんな意味を持たせたのでしょうか。

長谷川先生の妻は、日本の文化と日本人を愛している人物であると語られています。

作中に登場する岐阜提灯も、長谷川先生ではなく妻が飾ったものです。

作中での妻の役割は、いわゆる「先生のイエスマン」であったと考えられます。

先生は西山篤子の行動に感動し、妻にそのことを伝えました。妻が自分の感情に共感してくれることを確信していたようです。

そして、想像通り妻が篤子に同情してくれたことに、とても満足しています。

長谷川先生のまわりにいる数少ない外国人として、妻は作中で描かれています。

しかし、その実態は、海外の思想を日本に持ち込んでいる貴重な人物ではなく、先生の偏見と盲目を助長する存在になってしまっています。

ここに、芥川龍之介の真意が表れています。

欧米各国との架け橋になろうとした先生は、その第一歩としてアメリカ人の女性との結婚に踏みこんだのでしょう。

先生が感じた「奥さんと岐阜提灯と、その提灯によつて代表される日本の文明」の調和というのも、唯の自己満足です。

先生の周りにあるのは世界の調和ではなく、先生自身が無意識のうちに選んだ日本の美徳の集まりに過ぎなかったということですね。

以上、『手巾』のあらすじと考察と感想でした。

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