芥川龍之介『奉教人の死』あらすじ&解説!キリシタンものの代表作

『奉教人の死』の紹介

『奉教人の死』は芥川龍之介の小説です。

芥川には、切支丹物(キリシタンもの)と呼ばれる作品群があります。

キリスト教に関するテーマの作品です。

ここでは、そんな切支丹物の名作『奉教人の死』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『奉教人の死』―あらすじ

この小説は作者の手によって第1部と第2部に分かれています。

・第1部のあらすじ

あるクリスマスの夜、長崎のキリスト教寺院の戸口に「ろおれんぞ」という日本の少年が打ち伏していました。

寺中で養われることになりましたたが、素性は不明。親の代から信徒であることは手首の念珠(こんたつ)で明らかでした。

極めて信心深い少年に成長し、武骨者の「しめおん」は弟のようにかわいがっていました。

ある時期から傘屋の娘で信者でもある者が「ろおれんぞ」に深く恋するようになりました。

「ろおれんぞ」は相手にしませんでしたが、噂は尾ひれに尾ひれがついて拡散。

問題になっていたころ、傘屋の娘は妊娠し、赤ちゃんの父親は「ろおれんぞ」だと言い出します。

「ろおれんぞ」は破戒の罪で「えけれしゃ」(キリスト教寺院)を追放されます。

極貧の生活をしますがが、信仰の強さは揺るぎません。

ある時、長崎に大火災が起こり、件(くだん)の赤ちゃんが家の中に取り残されます。

火勢が強くどうにもなりません。

その時、どこからともなく現れた「ろおれんぞ」は猛火の中を搔い潜り、赤ちゃんを救出するも、瀕死の状態となります。

傘屋の娘が、どうしても自分を見てくれない「ろおれんぞ」に復讐しようとして嘘を言っていたと告白。

折しも、焼けはだけた「ろおれんぞ」の胸が見え、そこには女性の乳房がありました。

「ろおれんぞ」は女だったのです。

事実が解明されたのち、「ろおれんぞ」は息を引き取ったのでした。

・第2部の内容

この話は自分(芥川)が所蔵する「れげんだ・おうれあ」という本の中に有り、それを文飾したものですと述べ、本の書誌が事細かに書かれています(ところが、この本は存在せず、すべては芥川の仮想でありました)。

『奉教人の死』―概要

主人公 ろおれんぞ
重要人物 しめおん・傘屋の娘・伴天連・奉教人衆(信者集団)
主な舞台 長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれんしや」(寺院)・長崎の町
時代背景 十六世紀頃
作者 芥川龍之介

『奉教人の死』―解説(考察)

・芥川龍之介が伝えたかったことは何か?

結論から言うと、『奉教人の死』で芥川龍之介が伝えたかったことは、

  • 「刹那の尊い恐ろしさ」「刹那の感動に極まる」という芸術至上主義的な美

 

だと考えられます。

今までに蓄積された知見を踏まえ、客観的に探究すれば、これで正しいと思いますが、作品は作者が産み出した瞬間に作者の手を離れ、読者の手にゆだねられます。

私は一読者として、

  • 「ろおれんぞ」の無私の愛・自己犠牲の愛

 

を文意(その作品から将に読み取るべきもの)として考えてみたいなあという気持ちを持ちました。

・出典問題

この作品には出典があることが解明されています。

(聖女マリナ伝)です。

この話は日本語でも読めるのですが、文庫本で2頁のごくごく短いものです。

この出典から『奉教人の死』が創作できたというのはやはり天才の所業でしょう。

ただ、読解の上で参考になる点があります。

『奉教人の死』では「ろおれんぞ」が何故、男装していたのかはっきりしません。

この点は多くの人が疑問に感じるようです。

(聖女マリナ伝)では、父親が修道院に入ることになり、一人娘を男の子として一緒に修道院に入れることにし(修道院は男性しか入れません)、自分が女性であると明かすのを固く禁じています。

この方が確かに分かりやすいでしょう。

しかしながら付け加えておくと、カトリックの「僧侶」のことを神父と言い、プロテスタントの「僧侶」のことを牧師と言います。

神父は男性のみで、生涯独身を誓い修道院に入って生活します。

牧師は結婚OKで、牧師館などで家族と生活をします。

ですから、信心深いクリスチャンの親が何らかの事情で子どもを手放し、修道院で世話をして貰おうとなれば、男装させたというのは私には十分、うなずけることです。

因みに修道会(院)には、色々な会派がありますが、当時長崎に来ていたのはイエズス会(現在、日本で上智大学や栄光学園を経営していると言えば、少し身近になるかもしれません)です。

また(聖女マリナ伝)では、聖女マリナが死んで、体を洗おうとしたとき、女性であることが判明していますが、『奉教人の死』では「清らかな二つの乳房」があらわになり、女性であることが判明しています。

この方が劇的かつ象徴的であり、芥川の創作の巧みさが際立ってきます。

更にまた(聖女マリナ伝)に付された翻訳者の注には、芥川がこの話を利用したことを紹介しつつ、「いわゆる<修道士処女>(モナコパルテノス)の話は、もと東方起源のモティーフらしいが、古代教会時代や中世の聖譚によく出てくる」と指摘しています。

昔話や寓話・説話などの伝承譚の話型分析・流伝の研究は盛んに行なわれていますが、この話型は東方から起こり、西洋に入り、芥川によって極東に戻ってきたことになります。

優れた話型・面白い話型はよく伝承されることになりますが、芥川がその価値を見抜いたというのも面白いことだと思います。

話が世界的スケールになって来ますね。

・傘屋の娘について(1)

「ろおれんぞ」が赤ちゃんを救うため火中に飛び込んだ時「娘はけたたましゅう泣き叫んで、一度は脛(はぎ)もあらわに躍り立ったが」という表現があります。

ここの「脛もあらわに」という着想・表現は、私は日本説話の久米仙人の影響だと思います。

芥川は『今昔物語集』などの日本の説話集を実によく読みこなし、自分の小説の種に使っていました。

その『今昔物語集』を初め、色々な書物に出て来るのが、久米仙人の話です。

久米仙人は修行の結果、神通力を得て空を飛んでいましたが、川で女が脛を顕わにして洗濯しているのを見て、欲情を起こし、神通力を失い落下してしまうのです。

極めて有名な話で、芥川も知っていたでしょう。

それをここに応用したのではないかと思うのです。

・傘屋の娘について(2)

「ろおれんぞ」が火中から必死の思いで投げた赤ちゃんは、これまた必死の思いで祈る傘屋の娘の足元に無傷で到達します。

「そんなうまい話があるものか。小説じゃあるまいし」と思った方もおられると思います。

無論、小説なのですが、私はこういうことが実際に起きる事はあり得るのではないかと思います。

もう十年以上前だと思いますが、神奈川県丹沢水系の川の中洲でバーベキューパーティーをやっていた若い家族や仲間たちが、ダム放流の警告を無視して中洲で動けなくなり、水死するという事件がありました。

その時若い親が赤ちゃんを岸辺に向かって投げたのです。

その赤ちゃんは生き残りました。

人間が死を直前にした時の一念には、ものすごい力があるのではないでしょうか。

多少、スピリチュアル的かもしれませんが、私は本当にあってもおかしくないと思います。

・白隠の場合

『奉教人の死』は出典と比較することで、読みが深まりました。

話が余りあちこちするのも良くないのですが、もう一つ白隠の逸話を対比の材料として出しておきたいと思います。

ちょうど、キリスト教と仏教の対比ともなり、興味を持つ方もおられるのではないかと思います。

江戸時代の名僧、臨済宗中興の祖と言われる白隠さんですが、次のような逸話があります。

町の未婚の娘が妊娠して、赤ちゃんの父親を問いただされると、「白隠様です」と嘘をつきます。

怒り心頭に発した父親は、白隠さんの所に怒鳴り込み、赤ちゃんを置いて帰ってきます。

白隠さんは平気そのもので、赤ちゃんを背負って托鉢をします。

白隠さんを慕っていた信者も離れていきます。

白隠さんはそれでも何事もなかったように托鉢を続けます。

たまりかねた娘が親に真実を話し、恐縮した親がわびに行くと、白隠さんは「ああ、そうか」と言って赤ちゃんを返したというのです。

この話と『奉教人の死』を比べて、読者の皆さんはどんなことを感じるでしょうか。

・大火の伏線

大火の伏線かなと思うところを記しておきます。

二か所あります。

一つは傘屋の娘の父親が「ろおれんぞ」が赤ちゃんの親だと思い込み行動する場面で「されば傘張の翁は火のように憤(おこ)って、即刻伴天連のもとに委細を訴えに参った」というところです。

「火のように」怒っているわけですが、長崎大火の時、傘屋の家はちょうど風下で家が焼け、赤ちゃんが取り残されることになるわけです。

絶対に伏線かは分かりませんが、可能性として指摘しておきたいと思いました。

もう一か所は「ろおれんぞ」が無実の罪で「さんた・るちや」(修道院)を出ていく場面です。

「時しも凩にゆらぐ日輪が、うなだれて歩む『ろおれんぞ』の頭のかなた、長崎の西の空に沈もうず景色であったに由って、あの少年のやさしい姿、とんと一天の火焔の中に、立ちきわまったように見えたと申す」

とあります。

この部分は「ろおれんぞ」が赤ちゃん救出のため火中に飛び込んだ場面で、「しめおん」が思い出したのが、

「なぜかその時心の眼には、凩に揺るる日輪の光を浴びて、『さんた・るちや』の門に立ちきわまった、美しく悲しげな、『ろおれんぞ』の姿が浮んだと申す」

として使われています。

芥川が伏線として意識していたのは確実でしょう。

「火焔」を繰り返さないのは、距離を置いてのほのめかしだと思います。

ストレート過ぎるのを避けて、文学的に味わい深くしていると思います。

・聖書の引用・聖書への意識

芥川が死去した枕元には『聖書』が置いてありました。

芥川が『聖書』を熟読していたことはその作品からも知られます。

『奉教人の死』の中にも『聖書』の引用、あるいは『聖書』を意識した表現があるので、それを確かめておきたいと思います。

因みに芥川が所持していた『聖書』は時代的に「新共同訳」でも「口語訳」でもなく「文語訳」に違いないのですから、引用は「文語訳」によるべきでしょう。

この記事でも「文語訳」を使用します。

まずは「しめおん」と「ろおれんぞ」の関係についてですが、「『ればのん』山の檜(ひのき)に、葡萄かずらが纏いついて、花咲いたようであったとも申そうず」と描写しています。

武骨な「しめおん」となよやかな「ろおれんぞ」の対比ですが、檜というのは、レバノン杉のことを言っていると思われます。

レバノン杉は『旧約聖書』の「列王記」や「詩篇」などによく出てきます。

これと葡萄が取り合わされているわけですが、葡萄は「ヨハネ伝福音書」(15章1節~)の「我は真の葡萄の樹、わが父は農夫なり。(中略)我は葡萄の樹、なんぢらは枝なり。(中略)汝ら我を離るれば、何事をも為し能はず」という有名な箇所とを組み合わせたものでしょう。

次に「しめおん」が誤解して「ろおれんぞ」の顔を打った場面。

ここで「ろおれんぞ」は「御主も許させ給え。『しめおん』は己が仕業もわきまえぬものでござる」と言ったと記されています。

これは明らかに「ルカ伝福音書」(23章34節)「父よ、彼らを赦し給へ、その為す所を知らざればなり」に依っています。

全体としての平行記事は「マタイ」「マルコ」「ヨハネ」にもありますが、この言葉は「ルカ」にしかありません。

芥川が(ここに関して)四福音書のどれを見ていたのかが分かる貴重な箇所だと思います。

三番目に長崎の大火の所で「末期の御裁判の喇叭(らっぱ)の音が、一天の火の光をつんざいて、鳴り渡ったかと思われるばかり」と書かれているのは、先行注釈の示す通り、「ヨハネ黙示録」(8章6節~)に依っています。

長崎大火が、この世の終わりに比せられている(さらに言えば「ろおれんぞ」の行動がイエス・キリストに比せられているかも知れない)ところが注目でしょう。

四番目に「御主(おんあるじ)、助け給へ」という言葉が、この小説の中に何度も何度も出てきます。

これは出所を一か所に絞れるのか分かりませんが、例えば「マタイ伝福音書」(14章30節)に「主よ、我を救ひたまへ」とあるのに近似しています。

『聖書』由来の言葉でしょう。

五番目に「ろおれんぞ」が猛火の中に飛び込んだところに「今こそ一人子の命を救おうと」とありますが、これは『聖書』の中によく出て来る「神の一人子イエス・キリスト」という表現に影響を受けたものでしょう。

たとえば「ヨハネ伝福音書」(3章16節)に「それ神はその独子(ひとりご)を賜ふほどに世を愛し給へり」とあります。

六番目に懺悔する傘屋の娘に対して伴天連が「悔い改むるものは、幸(さいわい)じゃ。何しにその幸なものを、人間の手に罰しようぞ」とありますが、これは『聖書』の二か所の部分から示唆を受けた表現ではないかと思われます。

一つ目は洗礼者ヨハネの言葉で「「なんぢら悔改めよ、天国は近づきたり」(「マタイ伝福音書」3章1節)です。

もう一つは有名な山上の垂訓で「幸福(さいはひ)なるかな、心の貧しき者。天国はその人のものなり。幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。幸福なるかな、柔和なる者。(以下省略)」(「マタイ伝福音書」5章3節~)です。

この二か所は文庫本にして3頁ぐらいしか離れていない箇所にあり、二つが無意識の中で融合して『奉教人の死』の文言が生まれてきたのではないでしょうか。

こうした箇所が、聖書への意識を読み取れる点です。

・第2部問題

『奉教人の死』はストーリー自体は第1部で完結しており、第2部は架空の書誌です。

今その一斑を示せば、

  • この話は、私が所蔵する長崎耶蘇会出版の「れげんだ・おうれあ」による。
  • この本は上下巻で、美濃紙摺草体交り平仮名文である。
  • 上巻に「御出生以来千五百九十六年、慶長二年三月上旬鏤刻也」と書いてある。
  • 表紙に喇叭を吹く天使の像が描かれている。

 

などなどとなります。

全部、芥川が創作した嘘であり、このような本は存在しません。

この第2部を読んだ文人から貸してほしいと申し込まれたり、稀書収集家から値段を提示されて譲ってほしいと言われた時に芥川が書き残した物から毛ほどの疑いもなく、はっきりしています。

では、何故芥川はこれほどまでに詳細な「嘘」を書かなければならなかったのでしょうか?

私個人は、光と影の問題として理解したいと思います。

光は光だけで存在することはできません。

必ず、影があります。

表があれば、裏が付いて来るのと同じです。

そして光が強くなればなるほど、影もその濃さを増していきます。

無理に光だけを取り出そうとすれば、精神病になることでしょう。

芥川は第1部で余りにも美しい姿を描きました。

1人の生身の人間として、これとバランスを取るためには、実務的な巨大な影が必要だったのだと思います。

そして、この光と影はバラバラに存在していてはだめで、1つに合体してこそ、それぞれが再統合され(狂気の世界ではなく)現実の世界に戻れるのだと思います。

芥川はこの一見悪ふざけと思える第2部を書くことによってのみ、現実の世界に留まれたと思うのです。

『奉教人の死』―感想

「ろおれんぞ」が赤ちゃんを救うために猛火の中に飛び込んだ時、奉教人衆の反応は「さすが親子の情愛は争われぬ……」と「誰ともなく罵りかわしたのでござる」と冷たいものでした。

傘屋の娘が真実を告白したとき、奉教人衆は(これは殉教だ)との感動に入りますが、

「ろおれんぞ」が女だと知れた時は「まことにその刹那の尊い恐ろしさはあたかも『でうす』の御声が、星の光も見えぬ遠い空から、伝わって来るようであったと申す。されば『さんた・るちや』の前に居並んだ奉教人衆は、風に吹かれる穂麦のように、誰からともなく頭を垂れて、悉(ことごとく)『ろおれんぞ』のまわりに跪いた」

となります。

この段階的変化、素晴らしいですね。

前の段階があるからこそ、そのエネルギーが反転して、最後の感動を極限まで高めます。

比喩的に言えば「天まで高めた」という感じでしょうか。

私はもう、涙、涙です。

人によって感想は様々でしょうが、人生の中でこういう名作に触れ得たことは決して無駄にならないと思います。

以上、『奉教人の死』のあらすじ・解説・感想でした。


(参考文献・引用)
テキストは『芥川龍之介全集2』(ちくま文庫、1986年10月)を用い、『芥川龍之介全集 第三巻』(岩波書店、1996年1月)及び『鑑賞 日本現代文学 第11巻 芥川龍之介』(昭和56年7月)を適宜参照しました。
(聖女マリナ伝)はヤコブズ・デ・ウォラギス著、前田敬作・山口裕訳『黄金伝説2』(平凡社ライブラリー、2016年6月)に依りました(本文中の翻訳者とは、この2人を指します)。『聖書』は『文語訳新約聖書』(岩波文庫、2014年1月)から引用し、適宜『聖書 新共同訳』(日本聖書協会、1987年、発行月無記)を参照しました。

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mike

近代小説(明治から昭和まで)が大好きです。特に人生がギュッと濃縮されているような短編が好きです。読んでくださった方が、自由に想像の翼を広げられる記事を目指します。