夢野久作『少女地獄』少女の地獄とは一体何か?

『少女地獄』の紹介

『少女地獄』は夢野久作の作品です。

この作品は「何んでも無い」「殺人リレー」「火星の女」の3つの短編小説から構成されており、その全てで書簡体の形式がとられています。

ここでは『少女地獄』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『少女地獄』ーあらすじ

「何んでも無い」

白鷹秀麿先生、小生は先般康戊会でお目にかかりました、あなたと同じ九州帝国大学耳鼻科出身の後輩であります。

突然ではありますが、姫草ユリ子が自殺しました。

虚構の天才である彼女は曼荼羅先生という人物に嘘をつき、自殺に見せかけた死と、遺書まで用意していたようです。

姫草ユリ子は私の開業した耳鼻科に突然現れ、看護師として働き始めました。

彼女の仕事ぶりは天才的で、看護師になるために生まれてきたのでは無いかと思われるほどでした。

ある時、姫草ユリ子が白鷹先生と私を会わせてあげましょうと言い出したので、姫草を通じてあなたと会う約束を取り付けました。

毎月3日に開催される康戊会でお会いしたかったのですが、当日になると、あなたの都合が悪くなったらしいという知らせが姫草の口から伝えられるのです。

しかし、姫草の連絡を無視して私が康戊会に行ってみると、そこにはあなたがいました。

そして、私が姫草の名を出すと、あなたは突然目をむき出しにして半歩よろめきました。

私と会う約束をしていたことも知らなかったようですし、都合が悪くて康戊会に出席できないというのも姫草がついた嘘のようでした。

彼女は泣いて詫びましたが、採用面接の際に話していた地元の話も家族の話も嘘だったことがバレてしまい、誰にも知られないように姿を消しました。

しかし、私は彼女のことを恨んでなどいません。

あなたもどうか、彼女のために祈って下さい。

「殺人リレー」

・第一の手紙
女車掌になりたいっていう智恵子さんの気持ちもよくわかりますが、百姓なんかよりもっともっとつまらない、恐ろしい、イヤな仕事なのよ。

月川艶子さんから送られてきた手紙には、新高という人に殺されそうだって書いてあったわ。

新高は運転手で、月川艶子は女車掌。

2人は結婚する予定だったみたいなんだけど、これが艶子さんからきた最後の手紙になったわ。

・第二の手紙
この前の手紙に書いた新高が、私のいるミナト・バス会社にやってきたわ。
私は彼のことが好きになってしまったのよ。

でも、艶子さんのために復讐をしようと思うわ。

・第三の手紙
女なんて弱いものね。

新高さんを殺そうとする気なんか、少しも無くなってしまったのよ。

どうぞ笑ってちょうだい。人生なんてこんなものかもしれないわ。

・第四の手紙
あたし、近いうちに殺されるかもしれないの。

艶子さんの手紙が、新高に見つかってしまったのよ。

今日、お休みをもらって艶子さんの手紙を焼いたのよ。

・第五の手紙
智恵子さん、私が昏睡している間に会いにきてくださったみたいね。

私は新高さんと一緒に列車に乗っていて、前から列車が来ているのに平気でオーライと言ったのよ。

おかげで新高は死んで、私は生き残ったわ。

新高さんは、艶子の復讐のために自分が殺されたことをわかっていたようで、私元気いっぱいになってしまったの。

どんなことがあっても、女車掌なんかになっちゃダメよ。

私みたいな女になっちゃダメよ。

・第六の手紙
あなたに最後の手紙を書くわ。

新高はやっぱり、私のことを心から愛していたのでしょう。

それを知ってからは、もういてもたってもいられません。

そして、私のお腹には新高の赤ちゃんができていたのです。

私は夫殺しの胎児殺しです。

女車掌なんかになってはいけません。ーさようならー

「火星の女」

三月二六日午前二時ごろ、県立高等女学校内運動場の物置より出火し、跡から黒焦げの遺体が見つかりました。

校長は失踪し、女教師は縊死、川村書記は横領の疑いがかけられています。

学校一の美人で成績優秀な殿宮アイ子が、遺書を残して母親と失踪し、父親にある手紙が残されていました。

それは、物置で焼死体となって見つかった甘川歌枝が残した手紙のようです。

「森栖校長先生 火星の女より

私は嬉しくて仕方ありません。こうして校長先生に復讐できるのですから。

校長先生は、背が高くて足の速い私のことを「火星の女」と呼んでいました。

そのあだ名のおかげで友達もできず、私は休み時間になると運動場の物置の上で時間を潰すようになりました。

そこで、校長先生と川村書記が横領の打ち合わせをしているのを聞いてしまったのです。

卒業式が終わって、私がいつものように物置にいると、校長先生が後ろから抱きついてきました。

誰かと間違えているようでしたが、私は抵抗することができずに処女を奪われました。

校長先生はあの日物置にいたのが私であったとわかると、私を遠方へ追いやろうとして大阪の新聞社を紹介してくれました。

断ることもできない私は大阪に行ったふりをして、愛人である殿宮アイ子さんに手紙を渡し、物置で自殺をすることにしました。

アイ子さんの本当の父親は、校長先生、あなたなのですね。

私はアイ子さんに本当の意味での親孝行をさせてあげたいのです。

どうぞ、火星の女の置き土産、黒焦少女の屍体をお受け取り下さい。」

『少女地獄』ー概要

時代 近代
ジャンル 近代文学
発売年 1976年(昭和51年)
作者 夢野久作

『少女地獄』ー解説(考察)

・「何んでも無い」

臼杵先生の元に曼荼羅先生が持ってきたのは、姫草ユリ子の遺書でした。

そこには、「臼杵先生と白鷹先生のような社会的信用のある人の言葉は嘘でも真実になり、私のようなものの言葉は真実でも嘘になる」というようなことが書かれていました。

そこで、臼杵先生は姫草ユリ子と働いていた頃の日記を抜書し、白鷹先生に送ります。

ここで注目するべき点は、臼杵先生が姫草ユリ子のことを少しも憎んでいない点です。

臼杵先生は、姫草ユリ子の嘘のせいで恥をかかされたはずですが、彼女のことを憎んでいないというのはどういうことなのでしょうか?

結論から言うと、姫草ユリ子の嘘は「何んでも無い」嘘だったからでした。

彼女が嘘をつく理由には、人を貶めてやろうとか、誰かを騙してやろうとか、そういう悪意が一切ないのです。

彼女が嘘をつくのは精神病のためであって、彼女の本当の意思ではないのです。

姫草ユリ子が生きていくには、嘘をつくことが必要でした。

そして、その嘘を誰かが信じてあげなければいけなかったのですが、臼杵先生や白鷹先生は真実にこだわり、姫草ユリ子を死に追いやってしまいました。

姫草ユリ子は、自分が作った虚構が壊されたことによって、死を選んだのです。

つまり、現実世界で起こっている事実にはなんの影響もありません。

壊れたのは、姫草ユリ子の虚構と命だけでした。

臼杵先生が姫草ユリ子を恨まなければならない理由など、どこにもないのです。

タイトルにもある通り、姫草ユリ子の死は誰にも何にも影響を与えることのない「何んでも無い」ものだったということです。

・「殺人リレー」

「殺人リレー」は、友成トミ子から山下智恵子に送られた6通の手紙で構成されています。

友成トミ子の職業は車掌で、同じく車掌だった月川艶子が書いた手紙を持っていました。

艶子は新高という運転手に殺されそうだと不安を記しており、その手紙が最後の手紙になりました。

そして、艶子が死んだ後に友成トミ子の元にも新高がやってきて、トミ子と夫婦になったというのです。

トミ子は当初、艶子の仇をとろうと新高と接していましたが、次第に彼に惹かれていきました。

しかし、ある拍子にトミ子は新高と列車で夫婦心中を試み、自分だけが助かってしまったのです。

直後は艶子の仇をとれたことに喜びを感じていましたが、第六の手紙では、「妾は新高さんと夫婦心中をして見たかったのです。そうして出来るなら自分だけ生き残ってみたかったのです。」と明かしています。

トミ子の心情はコロコロと変化し、何が目的なのか分かりにくくなっています。

では、トミ子の本当の願望とは一体なんだったのでしょうか?

結論から言うと、男を愛し愛されながらも、男に溺れることなく生きていくことだったと思います。

新高に思いを寄せるようになってから、トミ子は艶子の仇討ちのことを考えないようにしていたようですが、ふと憂鬱な気分になって夫婦心中に走ってしまいました。

トミ子は、夫を亡くした女として周囲の人から慰められますが、「女なんて滅多に慰めて遣るもんじゃないって。」「妾みたいな女になっちゃダメよ。」という言葉からは、女としてずる賢く生きる自分を内心誇りに思っているような印象も受けます。

しかし、しばらくすると「新高はやっぱり妾を心から愛していたのでしょう。」と、新高の愛情を思い出してしまうのです。

トミ子は女として生きる自分に誇りを持ち、強い意志と共に生きて行こうとしていましたが、結局は新高の死後も彼の愛情にすがって生きていかなければならないことに気づきました。

そこでトミ子は、新高が彼女に残した胎児もろとも死ぬことを選んだのです。

「人生なんてコンナものかも知れないわ。」というトミ子の言葉は、プライドを持って強く生きようとした彼女の最期を表現するのに相応しい言葉かもしれません。

・「火星の女」

県立高等女学校で発見された焼死体は、「火星の女」でした。

「火星の女」はなぜ、校長に復讐をしなければならなかったのでしょうか?

また、復讐のために黒焦げの死体を捧げたことにどのような意味があるのでしょうか?

彼女は生まれつき背が高く、上級生の男子よりも足が速かったため、「火星さん」と呼ばれ、周囲からは腫物扱いされていました。

彼女が通う学校の校長先生は熱心な教育者で、何度も賞を受賞するほど社会的信用を得ていたそうです。

しかし、彼女が校庭の物置で休んでいた時、校長先生と川村書記が学校の寄付金を横領する計画を練っているところを目撃してしまいます。

そして卒業式の日、いったん帰宅してからいつものように物置で休んでいると、突然校長に抱きつかれ、「この憐れな、淋しい老人を救ってくれ」という言葉をかけられ、そのまま処女を奪われてしまいます。

後に、校長が少女と英語教師の虎間トラ子を間違えていたことがわかるのですが、すでに少女にとって校長は特別な存在になっていました。

表では模範的な教育者を演じ、裏では汚い犯罪に手を染め、女を快楽の道具として扱う校長の姿を見た純粋な少女は、校長に復讐することを決心します。

それと同時に、「憐れな、淋しい老人」への最大の愛情表現をしたかったのでしょう。

自分の肉体を「女」にしてくれた、たったひとりの男性に、女とも男ともわからなくなるくらい黒焦げになった自分の死体をささげることで、性別前提での愛ではなく、少女自身に向けられた愛を望んだのではないでしょうか。

女としてどころか地球人として扱われることがなかった少女が、皮肉にも校長のレイプによって人間の女として扱われる喜びを知ってしまったのです。

『少女地獄』ー感想

・男型社会の中で生きる女性たち

『少女地獄』に収録されている3つの短編小説に、ある共通点を見つけました。

それは、男型社会の中で強く生きていく女性の姿が描かれている点です。

近代文学では、女に溺れる男の姿を描くものが多い中で、強く生きようとする女性の姿を描いている作品は新鮮でした。

「何んでも無い」の姫草ユリ子は看護師として耳鼻科で働いています。

天才的で献身的な仕事ぶりで臼杵先生からも患者からも頼りにされていましたし、実際に医院の売上にも貢献していることから、稼ぎ頭として医院の重要なキャラクターになっています。

「殺人リレー」の友成トミ子は女車掌として働いています。

今でこそ女性の車掌の数は増えてきたようですが、作者がこの作品を描いた時代で考えると、女性の車掌はとても珍しかったと思われます。

いわゆる「男の職場」で働いていく覚悟は相当のものだったのでしょう。

また、トミ子が艶子の仇を取ろうとしていることから、友人を思う気持ちや責任感が強い女性であることも感じられます。

「火星の女」の甘川歌枝は背が高く、足も上級生の男子より速いようでした。

球技大会では引っ張りだこになり、とても頼りにされていたことがわかります。

校長先生の乗った車に飛び乗って山高帽を奪う場面などは、歌枝の行動力と身体能力が良く表れています。

それぞれの女性は、男型社会の中で強く生きようとしています。

しかし、どの女性も心が不安定で、異常性を持ち合わせています。

皮肉にもその不安定さが、女性たちの強い部分をより一層引き立てているような気がしますよね。

・少女の地獄とは・・・?

タイトルにもある通り、少女の地獄とは一体なんのことだろうかと考えました。

『少女地獄』が描く「地獄」とは、必ず3つの短編小説に当てはまる「地獄」であるはずです。

先述した通り、3つの短編小説の中で描かれているのは女性たちが強く生きる姿です。

しかし、それぞれの短編の主人公である姫草ユリ子・友成トミ子・甘川歌枝は、全員命を落としているか、遺書を残しています。

つまり、必死で生きようとしていた少女たちが、最終的には自らの手で命を絶つ選択肢をとっているのです。

夢野久作は、純粋で真っ直ぐで不安定な「少女」という生き物を、彼女らの手で「地獄」に落としました。

『少女地獄』の「地獄」とは、少女たちの未来を奪うことになった結末のことを指しているのでしょう。

以上、『少女地獄』のあらすじと考察と感想でした。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事