大江健三郎『死者の奢り』について
本作はタイトルの字義通り「死者」の存在がテーマの小説です。
「奢り」とは、得意になってたかぶること、わがままなことを意味します。しかし、「死者」が奢る、とは一体どのようなことを意味しているのでしょうか。
ここでは、そんな『死者の奢り』についてのあらすじ・考察・感想をまとめていきます。
『死者の奢り』のあらすじ
主人公である大学生の「僕」は、とあるアルバイトで医学部の死体処理室を訪れます。
それは、同じアルバイトの女学生と共に、部屋の管理人の指示に従って解剖用の死体を別の水槽へと移し替えるものでした。
そんな仕事の中、「僕」は「死体」や「生きている人間」について様々に思索に耽ります。
作業の休憩中、女子学生は不意に自身が妊娠している事を「僕」に明らかにします。
彼女は自身の中絶費を稼ぐ為にこのアルバイトに応募していたのでした。
昼食を済ませた2人は部屋へ戻って作業を再開します。
そんな中、突如女子学生が体調不良を訴え、作業を抜ける事になりました
。女子学生を送り届けた「僕」が部屋に戻ってくると、医学部の助教授の男と管理人が苛立って議論しているのを目にします。
どうやら事務室の手違いで、古い死体を移し替えるのではなく、本当は焼却場で火葬する事になっていたようでした。
管理人は渋々本来の「作業」を引き受け、「僕」もその作業をこなすことになるのでした。
『死者の奢り』概要
物語の主人公 | 僕 |
物語の重要人物 | 女子学生、死体処理室の管理人 |
主な舞台 | 医学部の死体処理室 |
時代背景 | 戦後 |
作者 | 大江健三郎 |
『死者の奢り』の解説
・「僕」と「死」と<物>
『死者の奢り』の主人公である「僕」は、死体処理室の死体を見て様々に思索に耽ることになります。
それは、「僕」が医学部の生徒ではなく、文学部の生徒で死体に見慣れていなかった故だとも言えるでしょう。
しかし、「僕」の死体への関心はこのような簡単な理由に留まらないように思えます。
例えば「僕」は水槽に浮かぶ死体を見て、次のような事を感じます。
これらの死者たちは、死後ただちに火葬された死者とはちがっている、と僕は考えた。水槽に浮かんでいる死者たちは、完全な<物>の緊密さ、独立した感じを持っていた。死んですぐに火葬される死体は、これほど完全に<物>ではないだろう、と僕は思った。あれらは意識と物との曖昧な中間状態をゆっくり推移しているのだ
『大江健三郎自選短篇』より『死者の奢り』岩波書店,p41
「僕」は死体に対して、それも火葬された死体ではなく、死んでから水槽の中で保存された死体に対して<物>としての特別な関心を抱いています。
どこに「完全」とまでも言い切るような違いを見出しているのでしょうか。
それは死体が<物>へと移り変わってゆく「時間」です。
「僕」にとって人が死に、死体となっただけではまだ<物>ではありません。
死体となり、時間と共に人間としての肉体から「硬くて安定した」<物>へと推移してゆく時間が1つの材料になっているのです。
そしてもう1つ、「僕」の「死」についての考えも重要なエッセンスとなっています。
それが分かるのは、「僕」が「死は<物>なのだ」と言っている事からです。
「僕」にとってただ死ぬ事は「死」ではありません。
死んだばかりの人では、肉体が死んでしまったとしてもまだ「意識」は残っている状態であり、そこから時間をかけてその意識が絶えて「<物>としての死が始まる」のです。
おそらく、「僕」にとって死んだばかりの人間はまだ様々な繋がりを持った、有機的な「人間」のままなのです。
そこから「時間」をかけてゆっくりと密度の高い無機的な<物>へと変わってゆくのです。
まずは、このように「僕」が少し変わった死生観を持ち合わせている事を理解しておきたいところです。
・<物>との「対話」
上述したように「僕」は、アルコール漬けにされた死体を<物>として特別な関心を抱いていました。
そんな「僕」は、驚くべきことに作中で<物>と何度か対話することになります。
「僕」が対話した<物>は、戦時中に兵隊として生きていたが、脱走を試みた為に撃ち殺された男の死体でした。
兵隊の男との対話では、次のような会話が為されます。
君は戦争の頃、まだ子供だったろう?
成長し続けていたんだ。永い戦争の間、と僕は考えた。戦争の終わることが不幸な日常の唯一の希望であるような時期に成長してきた。そして、その希望の兆候の氾濫の中で窒息し、僕は死にそうだった。戦争が終わり、その死体が大人の胃のような心の中で消化され、消化不能な固形物や粘液が排泄されたけれども、僕はその作業には参加しなかった。そして僕らには、とてもうやむやに希望が融けてしまったものだった。『大江健三郎自選短篇』より『死者の奢り』岩波書店,p49
「僕」が子供の頃、恐らくそれは戦時中、特に第二次世界大戦期の1940年代を指していると考えられます。
その時期に幼少期を過ごした「僕」は実際に兵士となって戦場に行く事はなかったはずです。
しかし、戦時中というその陰惨な空気の中で「窒息」しそうになりながら生きてきました。そんな中で訪れたのが終戦です。
日本は8月6日、9日の広島・長崎への原子爆弾投下や、ソ連の対日参戦をもってポツダム宣言を受け入れました。そして8月15日に玉音放送によって終戦が発表されます。
そこから日本はGHQの占領(事実上はアメリカ軍の単独占領)のもとで戦後を歩み出します。
しかし、終戦から間もない1948年、世界が冷戦体制へと移行して行く中で日本は、太平洋の防共国として経済復興を迫られます。
そうした中で起こったのが、日本の諸外国へ対しての賠償の軽減、軍部を支えた財閥の押さえつけの軽減、そして官公庁労働者の争議権の喪失でした。
さらには、公職追放されていた政治家も再び政府へと帰ってきます。
そうした中で1950年には朝鮮戦争が勃発し、日本は西側諸国の一員として警察予備隊を持ち、サンフランシスコ平和条約を調印して独立することなります。ただし、南西諸島と小笠原諸島を除いて。
こうした歴史的背景を鑑みると、大江がここで「僕」に持たせた台詞の意味が日本の比喩であるように思えてきます。
戦中に亡くなっていた兵隊たちは、戦後の独立と共に「大人の胃のような心の中で」全てを溶かされて消えていきます。
まるで戦争などなかったかのように、大昔のことのように。
そして、僅かな占領期を経て日本は独立を果たします。
しかし、南西諸島や小笠原といった場所は未だ占領されたままで、「消化不能な固形物や粘液」のように日本本土から「排泄された」のです。
そして「警察予備隊」として軍隊も復活し、とても「うやむやに」戦中ではないにしろ、「希望が融けて」いったのです。
このような第二次世界大戦期から戦後復興にかけての大江の歴史観が反映された「僕」と兵隊とのやりとりがここに現れているとも捉えられるのではないでしょうか。
そして兵隊は「僕」に「戦争を起こすのは君たちだ。俺たちは評価したり判断したりする資格をもっているんだ。」と最後に告げます。
もちろんここまでの対話は、<物>としての兵隊が現実に話しているわけもなく、「僕」の想像の世界に過ぎないのですが。
『死者の奢り』が世に出たのは1957年、終戦から約10年後のことです。
56年には日本経済の回復ぶりから「もはや戦後では無い」という言葉も生まれました。
そんな時代の中で大江は「戦争が過去のものになった事」覚えた危機感を、「僕」と兵隊の会話を通して描写したのかもしれません。
・「生」の存在
上述したように、「僕」が<物>との対話の中で「死」について思索に耽っている一方で、生きている人間に対してはどのように考えていたのでしょうか。
作中では兵隊との対話の後、同じアルバイトの女子大生が妊娠しており、その子を堕ろそうとしている事を「僕」は知ります。
それについて「僕」と女子学生が話しているのが次の場面です。
僕は黙って、女子学生の苛立ちが手で掴める物のように僕に向かって押しよせるのを受けとめていた。僕には理解できない部分が根深く、この女子学生の意識の中に居すわっているのだろう。そして、それは僕にはどんな関係も持たない。
「私はやりきれないどんづまりに落ち込んでしまったわ。自分が無傷でそこから這い出る方法はありはしないのよ。私はもう自分で気にいったやり方を選ぶ自由なんかない」
「大変だな」と僕は欠伸をかみころして、眼がむずがゆくなるのを感じながらいった。『大江健三郎自選短篇』より『死者の奢り』岩波書店,p55
ここで驚くのは、<物>としての死体にあんなにも関心を持っていた「僕」が、目の前の「生」の様子に微塵も関心を持っていないことです。
もちろんこれは、アルコール漬けにされた死体に特別の関心を持っていた事の裏返しかもしれません。
しかし、そうであるならば何故<物>にあんなにも特別な関心を抱くのでしょうか。
それは「僕」のもつ虚無感に起因していると思われます。
「僕」は後に管理人との会話の中で次のように言い放ちます。
「僕は1番良く勉強する学生の一人だ。僕には希望を持ったり、絶望したりしている暇がない」
勉強を理由に、自身が「希望」を持たないことについて触れますが、これは一種の防衛機制のようにも読み取れます。
おそらく、「僕」の本来の関心は人間の「生」にあるはずです。
自身を含めて極めて強烈に「生」に固着している。
しかしながら、「僕」は生きている人間を上手く理解する事が出来ていない。
例えば、車椅子の少年(では無かったが)の肩に手をかけた際にも、
「あれは生きている人間だ。そして生きている人間、意識をそなえている人間は体の周りに厚い粘液質の膜を持っておら、こちらを拒む」
と考えています。
当然でしょう。彼が肩に手をかけた少年は、<物>とは異なり意識を持って生きています。
死体に話させたような、「僕」の思い通りの会話などできるはずがありません。
妊娠についての「僕」の理解からもそうです。「僕」は生きている人間を、「生」という事が如何なるものなのかを理解できない故に、<物>としての死体に特別な関心を抱いている。
そのように「僕」を捉えることもできるのではないでしょうか
『死者の奢り」感想
・死者は誰か?奢っているのは誰か?
ここまで『死者の奢り』について、解説してきましたが結局のところこの小説は何を伝えたかったのでしょうか。
「僕」の視点を追ってみると「生」や「死」をテーマとしていたことは明らかでしょう。
あらすじでも触れたように、「僕」は「死体」を扱うアルバイトの中で様々に考えを巡らせることとなりました。
生きている人間について、「僕」は作中である種「階級」のようなものを意識しているような描写があります。
例えば管理人の仕事については、
五十歳あたりだろう、そして殆ど同じように老け込んだ妻と、工員の息子を持っていて、官位大学の医学部につとめていることを誇りにしているのだろう。時には、さっぱりした服を着こんで場末の映画館に出かけるのだろう
と、どこか下に見るような考えを巡らせる一方で、医学部の教授や学生が自分を「卑しい人間とみた」と意識します。
その時「僕」は兵隊とは別の<物>と再び対話することになります。
君のことを、あの学生は、俺たちの同類、少なくとも俺たちの側のもの、と見たんだろう。
僕が君を、運搬車に乗せて運んでいたからだろうか。
ちがうとも。むしろ、君が俺たちの同類の表情、汚点のようなものを、体中に滲ませているからだ。始め君が管理人に対して感じた優越を考えて見ればいい『大江健三郎自選短篇』より『死者の奢り』岩波書店,p57-58
「僕」はこのような一連のやり取りを経たうえでまた、
と考えます。
生きている人間は極めて有機的です。物理的にしろ、観念的にしろ様々なものと「繋がり」をもって生きています。
自身も捉われていた「階級」への意識、さらには上述した女子生徒の「生を宿すという事への無理解」、車椅子の「少年」への優越感など、生きている人間に生まれる様々なしがらみについて「僕」は物語を通して考え抜くも、結局は分からずじまいです。
そうした生きている現実世界を理解できない事や、「僕」が無機的な<物>としての死者に特別な関心を抱いていたことを考慮すると、むしろ「生」の世界において「死者」となって「奢」っていたのは「僕」の方であったとも考えられるかもしれません。
以上、大江健三郎『死者の奢り』のあらすじ、考察、感想でした。