『愛と死』あらすじ&解説!戦時下の言論統制の中で描かれた作品

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『愛と死』あらすじ&解説!戦時下の言論統制の中で描かれた作品

『愛と死』の紹介

『友情』は1939年に『日本評論』に発表され、第2回菊池寛賞を受賞した武者小路実篤の小説です。

作者の武者小路実篤が54歳のときに執筆されたこの作品は、のちにテレビドラマや映画での実写化もされました。

文芸雑誌『白樺』を創刊し、白樺派を代表する作家として活躍した実篤の代表的な恋愛小説の一つ、『愛と死』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『愛と死』―あらすじ

小説家の村岡は25歳のとき、同じく小説家である友人の野々村の家を訪れ、妹の夏子に出会います。

そのときの夏子はまだ、十代の活発な少女で、特技は逆立ちと宙がえりでした。

そこから数年が経ち、美しく成長した夏子と村岡は恋に落ちます。幸福の絶頂ともいえる日々を過ごす2人。

しかし、村岡は叔父に誘われ、パリへ洋行することになりました。

結婚の約束をした夏子を残し、ヨーロッパへ発った村岡は、夏子と手紙を交換しながら諸国を周遊します。

約半年の不在期間中、夏子はカレンダーに138日分の丸を書き、村岡の帰りを待ち侘びていました。

11月の村岡の帰国日には、夏子も東京から神戸まで迎えにいくはずでした。

半年間の洋行を終え、再会を楽しみに帰路に就いた村岡は、帰国まであと2週間というときに上陸したシンガポールで、日本からの電報を受け取ります。

電報には、その日の朝に夏子が流行性感冒で命を落としたという、野々村からの知らせが記されていました。

帰国後、夏子の部屋に入った村岡は、夏子が飾ってくれた自分の写真や、138日のうち18個の丸を残したカレンダーを目にします。

ここで彼に手紙を書き、元気にでんぐりかえしをしていたという夏子の姿に思いを馳せ、村岡は泣けるだけ泣くのでした。

『愛と死』―概要

重要な登場人物

村岡、野々村、夏子

主な舞台

東京、神戸、パリ

時代背景

昭和初期

作者

武者小路実篤

『愛と死』―解説(考察)

・『友情』との比較

実篤の小説で恋愛を題材にした作品といえば、1919年の『友情』が最も有名です。

『友情』は実篤が34歳の年に発表されましたが、それから約20年の時を経て、この『愛と死』が発表されたのは彼が54歳のときでした。

『友情』と『愛と死』は、どちらも主人公が愛した女性を失う筋書きとなっています。

「友人の妹に恋をする」という設定も共通しており、もしかすると実篤自身が、そんな恋愛経験を持っていたのかもしれません。

『友情』は、主人公の野島が友人の妹である杉子に熱烈な恋をするも報われず、数年後に野島の親友である大宮と杉子が結ばれるという筋書きの失恋小説です。

恋する人を失った野島が、親友だった大宮と「仕事の上で決闘する」ことを奮起するシーンで物語は結ばれています。

この『友情』の特徴は、失恋をただ「愛する人の喪失」では終わらせず、そこから立ち上がる人間の強さと、真の意味での友情のあり方が描かれているところにあります。

人生の中で仕事と恋愛がそれぞれ担う、重要な役割の違いが感じられる作品です。

一方で『愛と死』は、愛する人を失う悲しみが扱われている点は同じですが、『友情』とは違い「喪失そのもの」が描かれている作品です。

深く愛し合い、幸福な将来を信じて疑わなかった2人が、病という抗えないものに引き離され、残された者はただ泣くことしかできません。

『友情』の喪失は、いわば「失うべくして失う」という当然の物語の帰結です。

野島は理想の女性の「虚像」を杉子に投影し、真に杉子自身を愛してはいなかったので、本当の意味で愛し合う杉子と大宮が結ばれるエンディングとなりました。

だからこそ、実篤自身も冒頭の「序文」で、「失恋するものも万歳、結婚するものも万歳」(『友情』新潮文庫 p.5)と明るく言ってのけています。

しかし、世の中にはそんな風に、「万歳」と言ってしまえないような別れもあります。

真に愛し合う2人が引き裂かれる、そんな姿を戦時下の実篤は目の当たりにし、あまりにも不条理な別れを前にした者の辛さを描こうとしたのでしょう。

『愛と死』は、当初は『生者死者』あるいは『生死』という題名になる予定だったそうです(※)。

もしかすると、この『愛と死』でさえも、実篤は恋愛そのものを描かず、人間の生と死を描こうとしていたのかもしれません。

しかし、その背景には、いつも純粋な男女の愛情が描かれていました。

実篤が著した恋愛小説はどれをとっても、若者のひたむきで純粋な恋心を、美しい人生の一部として尊重しようとする、作者の優しい眼差しが感じられる作品となっています。

・戦時下の言論統制の中で描かれた『愛と死』

この作品が書かれた1939年は、日中戦争の最中で、多くの若者が尊い命を落とした時代でした。

新潮社版『武者小路実篤全集第五巻』の「後書き」には、『愛と死』を執筆した背景が以下のように記されています。

当時シナで戦争が始まつて居、若い人達がよく死ぬので、愛する者を失ふ人に同情し、その人達の気持を察して、一方小説の女主人公を失ふ気持をかく気になつたのも事実である

『愛と死』が発表される前年の1938年、日本軍の実態を描いた石川達三の『生きている兵隊』が発禁処分となったのを皮切りに、当時の作家たちは厳しい言論統制の下での創作を強いられることになります。

一部の作家たちは、国に強いられて戦争文学や国策文学を執筆しました。言論・思想の自由が無くなりかけていた時代だったのです。

それでも「書きたい」という思い、「書かねばならぬ」という使命感を持った作家は、表現方法を模索しました。

『愛と死』が描かれる直前の時期、実篤の戯曲『その妹』の一部が、社会の安寧秩序を見出すという理由で削除されたといいます。

『愛と死』の執筆の際も、色々と考えなくてはならないこと、書けないことが多かったのかもしれません。

『愛と死』には、直接的な戦争の描写は登場しません。夏子の死因もまた、「流行性感冒」という流行り病とされています。

言論統制の中、あえて戦争には触れることはなかった実篤ですが、実篤の心の中には、戦争で命を落とす若者たちを思う気持ちがあったのでしょう。

当時の若者たちにも、村岡や夏子と同じように、愛する人がいて、幸せな日々がありました。

将来の夢を描き、生命を震わせて活発に笑い合っていたのです。そんな彼らが、戦争で命の危機にさらされていることを憂う気持ちが、この『愛と死』には込められています。

『友情』―感想

・実篤の涙

新潮社版『武者小路実篤全集』の第五巻の後書きには、「かきながら悲しくなって涙がとめどなく流れるのだった。」と、実篤が涙を流しながらこの原稿を書き上げたことが記されています。

『愛と死』の自筆原稿は、調布市武者小路実篤記念館で保管されていますが、その原稿にも数枚にわたって、涙でインクが滲んだ箇所があるそうです(※)。

活発で優しく美しい夏子の元気な面影は、今も作品の中で輝いています。

村岡の帰りを心待ちにして、カレンダーの丸印を日毎に消しながら、素敵な奥さんになるために裁縫や料理に励んでいた夏子。

彼女が奏でた美しい琴の音色や、村岡の手紙を受け取って、愛の喜びで3回もでんぐりかえしをしたというあまりにも健気な無邪気さの描写は、村岡が感じたような人生の不条理と喪失の悲しみを読者にももたらすのです。

大正・昭和の文学史に燦然と輝く「白樺」の文学

実篤の小説は、不思議な新しさを持っています。

『愛と死』は昭和初期の作品ではありますが、彼自身の生まれは1885年で、川端康成や芥川龍之介、太宰治よりも少し上の世代です。

しかし、彼の小説を読んでみると、昭和に入ってからの『愛と死』だけでなく、大正期の作品も同様に、現代の小説として読んでも不思議がないほどの普遍性と新鮮さが見出されることでしょう。

明治〜昭和初期の国文学といえば、いわゆる「私小説」のような、人間の本性や低劣さを殊更に描き出す、退廃的で露悪的な小説なイメージを持つ方も多いことと思います。

日本で自然主義が隆盛したのは、1900年代の10年間で、島崎藤村の『破戒』や田山花袋の『蒲団』などの、人には言いにくいような本心や経験を告白する小説がその中心となりました。

人間の姿を「あるがままに」(=自然に)描写することを主眼に置いた文学の形式です。

そして、1945年、日本が太平洋戦争で敗戦してからは、『斜陽』や『人間失格』で知られる太宰治、『白痴』や評論『堕落論』を代表作に持つ坂口安吾などを中心とする「無頼派」の、自虐的、退廃的、破滅的ともいえる作品が席巻してきました。

この「自然主義」が持つあからさまな露悪表現と、「無頼派」の作家たちの退廃的で堕落した生活態度から、じっとりと暗い芸術至上主義のようなイメージを持たれやすいのが、この時代の国文学作家たちです。

もちろん彼らの作品も、比類がないほど魅力的ではありますが、この「自然主義」と「無頼派」の時代の狭間で、ビルの隙間に咲く白い花のように美しく顔を覗かせるのは、武者小路実篤を代表とする「白樺派」の作家たちです。

「白樺派」の始まりは1910年で、ちょうど「自然主義」の台頭と「無頼派」の誕生の狭間で生まれた文芸思潮です。

個性の尊重や理想主義を掲げた白樺派は、中心となる作家も上流階級の出身が多く、いわば文壇の優等生のような存在でした。その指導者として、理想的人道主義を追求してきた実篤だからこそ、その作品はどれも爽やかな明るさに満ちています。

以上、『友情』のあらすじ、考察、感想でした。

(※)参考:調布市武者小路実篤記念館「トピックニュース」

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