『山椒大夫』の紹介
『山椒大夫』は、1915年(大正4年)1月、『中央公論』にて発表された森鷗外の短編小説です。
中世から近世にかけて、説経節や浄瑠璃などの形で語られてきた安寿と厨子王の伝説に基づく内容です。
ここでは、そんな『山椒大夫』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『山椒大夫』—あらすじ
14歳の姉・安寿と、12歳の弟・厨子王は、筑紫へ渡って行方不明になった父を探すため、母に連れられて旅をしていました。
道中、人買いに騙された親子は、海上で引き離され、別々の場所へ売られてしまいます。
丹後の富豪・山椒大夫に買われた姉弟は、過酷な奴隷生活を送ります。
春になる頃、弟だけでも逃がすと決意した安寿は、自らの守本尊の地蔵を厨子王に渡します。
厨子王一人を都へ逃がすことに成功した安寿は、弟を見送った後で入水自殺をしました。
何とか無事に都に辿り着いた厨子王は、関白・藤原師実に出会います。
厨子王が持つ守本尊を見た師実は、彼の父が確かな家柄であると確信し、厨子王を客人として招きます。
元服後、厨子王は正道と名乗り、やがて丹後の国守になりました。
正道は、丹後一国での人身売買を禁じ、安寿が入水した沼の畔に尼寺を建て、姉の死を悼みました。
その後、母が佐渡に送られたことを知った正道は、現地に向かい、盲目の老女に遭遇します。
「安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。」と繰り返し呟く老女こそ、正道の母でした。
正道が、守本尊を母の額に押し当てると、忽ち視力は回復し、親子は抱き合って再会を喜びました。
『山椒大夫』—概要
物語の主人公 | 安寿:陸奥掾正氏の娘。14歳(冒頭時点)。 厨子王:陸奥掾正氏の息子。12歳(冒頭時点)。元服後は正道と名乗り、丹後の国守となる。 |
物語の重要人物 | 陸奥掾正氏:安寿と厨子王の父。筑紫国(福岡)に左遷された後、行方不明になっていた。その後、師実の調べにより、既に亡くなっていたことが判明した。 山椒大夫:丹後(京都)の富豪。 藤原師実:関白。 母:安寿と厨子王の母。陸奥掾正氏の妻。佐渡(新潟)に売られていたが、後に厨子王と再会を果たす。 |
主な舞台 | 丹後(現在の京都府北部) |
時代背景 | 平安時代 |
作者 | 森鷗外 |
『山椒大夫』―解説(考察)
『山椒大夫』の原典に関して
森鷗外『山椒大夫』には原典が存在しています。
『山椒大夫』とは、
中世の説経節の演目の一つ「さんせう太夫」をもとに執筆された作品
だとまとめることができます。
※説経節とは
中世末から近世にかけて行われた語り物芸能。
仏教の説経が、和讃・平曲・謡曲などの影響を受けて歌謡化した民衆芸能。
説経節の中でも著名な五作を総称して「五経節」と呼ぶが、「さんせう太夫」はこの五作の一つに数えられる。
『山椒大夫』の原典については有名な話ですし、原典を立証するための詳細な検証は省きます。
小説化するにあたって、脚色を加えられてはいるものの、基本的には「さんせう太夫」のストーリーがそのまま『山椒大夫』に用いられているといってよいでしょう。
また、余談ですが、「さんせう太夫」の「さんせう」が、何故「山椒」という当て字になるのか、気になったので調べてみました。
「山椒」の他にも色々と当て字があるようで、「山荘」やら「三荘」やら「山枡」やら「散所」etc…。
「山椒大夫」は、山椒売りで富を得た長者という意味に由来するようですが、鷗外の場合は「山椒」と読んだというだけで、「さんせう太夫」自体に、はっきりとした漢字の正解不正解があるわけではなさそうです。
「歴史離れ」の作品
『山椒大夫』発表と同時期に、鷗外は「歴史其儘と歴史離れ」という随筆を発表しています。
「歴史其儘と歴史離れ」の中で、鷗外は『山椒大夫』について大きく触れており、ここから次のような内容を読み取ることができます。
- 『山椒大夫』発表前の歴史小説と、『山椒大夫』は、作品の性質が大きく異なる
- 『山椒大夫』発表前の歴史小説は、史料に忠実な【歴史其儘】の歴史小説である
- 『山椒大夫』は、作者による脚色を加えた【歴史離れ】の歴史小説である
「歴史其儘と歴史離れ」を引用しながら、【歴史其儘】・【歴史離れ】の歴史小説とは何か、解説を進めたいと思います。
『山椒大夫』発表前の鷗外は、原典の中に現れる自然を保つため、あえて脚色を加えず、史料に忠実な姿勢で作品執筆に臨んでいました。
即ち、作者の脚色を加えない、史料そのままの歴史小説=【歴史其儘】と表せるでしょう。
わたくしの前に言った類の作品は、誰の小説とも違う。これは小説には、事実を自由に取捨して、纏まりをつけた迹がある習いであるに、あの類の作品にはそれがないからである。(中略)
なぜそうしたかというと、その動機は簡単である。わたくしは史料を調べてみて、その中に窺われる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥りに変更するのが厭になった。これが一つである。わたくしはまた現存の人が自家の生活をありのままに書いて好いなら、過去も書いて好いはずだと思った。これが二つである。
森鷗外,『高瀬舟』,「歴史其儘と歴史離れ」,集英社,1992,216~217頁
ところが、この姿勢は一転することになります。
わたくしは歴史の「自然」を変更することを嫌って、知らず識らず歴史に縛られた。わたくしはこの縛めの下に喘ぎ苦しんだ。そしてこれを脱せようと思った。(中略)
山椒大夫のような伝説は、書いていく途中で、想像が道草を食って迷子にならぬくらいの程度に筋が立っているというだけで、わたくしの辿っていく糸には人を縛る強さはない。わたくしは伝説そのものをも、あまり精しく探らずに、夢のような物語を夢のように思い浮かべてみた。
森鷗外,『高瀬舟』,「歴史其儘と歴史離れ」,集英社,1992,218頁
他者が書く小説とは異なる、自然を重視した歴史小説を執筆しようとしていたはずが、自分で作ったルールに縛られて、逆に不自由で不自然な小説になってしまう。
この現象から脱するため、伝説という、細部が元から曖昧なものを原典に選び、年号や登場人物の数の変更、場面描写の取捨選択などを行うことで、小説としての完成度を高めようとしたものが【歴史離れ】の歴史小説と呼べるのでしょう。
『山椒大夫』は、鷗外の歴史小説が、新たなステージに進もうとする、その転換点に位置付く作品だと考えられます。
ちなみに、「歴史其儘と歴史離れ」では、鷗外が原典に触れた時期に関する記述も見られます。
まだ弟篤次郎の生きていたころ、わたくしは種々の流派の短い語物を集めてみたことがある。その中に粟の鳥を逐う女の事があった。わたくしはそれを一幕物に書きたいと弟に言った。弟はできたら成田屋にさせると言った。まだ団十郎も生きていたのである。
粟の鳥を逐う女の事は、山椒大夫伝説の一節である。わたくしは昔手に取ったまでで棄てた一幕物の企てを、今単篇小説に蘇らせようと思い立った。
森鷗外,『高瀬舟』,「歴史其儘と歴史離れ」,集英社,1992,218頁
一幕物とは、一幕で完結する演劇のことを指します。
鷗外の弟・篤次郎は、医師でありながら、歌舞伎の劇評家としても活躍した人物です。
篤次郎は1908年(明治41年)に病死しており、また、文中にある団十郎(=九代目市川団十郎)も1903年に亡くなっていることから、『山椒大夫』の題材は、少なくとも十二年以上前から、鷗外の中にあったということが分かります。
長年、鷗外の胸の内に眠っていた山椒大夫の伝説が、歴史小説として漸く形を成したという点だけ捉えても、鷗外の『山椒大夫』の成り立ちの特異性を見出すことができるでしょう。
「さんせう太夫」との相違
上記のとおり、森鷗外『山椒大夫』は、原典に作者の脚色が加えられた歴史小説です。
したがって、説経節「さんせう太夫」と『山椒大夫』では、大筋は一致するものの、細かい相違が複数見られます。
相違点の一つとして、
を挙げることができます。
具体的には、『山椒大夫』の安寿は、厨子王を逃がした後で入水自殺を行います。
一方、「さんせう太夫」の安寿は、厨子王を逃がしたことが理由で、山椒大夫一家に火責め水責め等の拷問にかけられて死亡します。
この例のように、鷗外の『山椒大夫』では、「さんせう太夫」に特徴的な残酷な描写が薄められています。
また、説経節が、仏教の説経が歌謡化していったものとは既に説明しました。
この仏教の教えという観点から考えた時、入水自殺は、〈自分で自分の命を断つ〉という意味を超えた行為としても捉えられます。
仏教では、水中に身を投げて、極楽浄土に生まれ変わることを、「入水往生」と呼びます。
自殺の良し悪しは別として、地獄のような環境での拷問死と比べてみると、『山椒大夫』の安寿の入水は、救いを感じる死と言ってもよいでしょう。
安寿の死因の相違は、鷗外が、既存の物語から、スプラッタで残酷な場面を、単純に削り取ったのではなく、救いがある、切なくもどこか美しい物語に作り変えたのだということを示しているようにも思われます。
『山椒大夫』―感想
夢のような物語を夢のように思い浮かべる
安寿と厨子王の伝説に関連する作品は多く、映画やドラマ、絵本など様々なものがあります。
今回の解説を書くにあたり、安寿と厨子王の絵本を二冊読んでみました。
一つは「さんせう太夫」と同じく、安寿は拷問されて死亡。
もう一つは、安寿は生き永らえて、厨子王と共に母親と再会ENDを迎えていました。
同じ絵本という媒体であっても、元々あった物語を忠実に継いでいこうとするもの、幼い子どもでも読みやすい内容に変えているもの等、作者の意図の違いを感じて面白いです。
鷗外は、『山椒大夫』を「夢のような物語を夢のように思い浮かべてみた」作品だと述べています。
悲話でありながら、その中に家族愛や自己犠牲の尊さ、情景描写の美しさなどが際立つ『山椒大夫』は、殺伐とした物語でも、勧善懲悪の物語でもありません。
まさに夢のような、どこか幻想的な美しさをも感じる『山椒大夫』は、鷗外の意図が見事に落とし込まれた名作であると感じます。
以上、森鷗外『山椒大夫』のあらすじ・解説・感想でした。
【参考】
・(絵)堀泰明,(文)森忠明,『安寿と厨子王』,「京の絵本」刊行委員会,1994
・(絵)須藤重,(文)千葉幹夫,『安寿姫と厨子王丸』,講談社,2002