『高熱隧道』どこまでがフィクション?吉村昭の筆が捉えた現場のリアル

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『高熱隧道』どこまでがフィクション?吉村昭の筆が捉えた現場のリアル

『高熱隧道』の紹介

『高熱隧道』は、1967(昭和42)年、『新潮』5月号に発表された吉村昭の作品です。

本作は、前年に発表された代表作『戦艦武蔵』に連なる実話に基づいた小説群の系列に位置するもので、徹底した取材をもとに、事実に忠実に従う彼の作風が、いかんなく発揮されています。

本作は記録小説とも評されますが、登場人物は作者の造形によるもので、結末も作家自身の意図が反映されている物語です。

ここでは、『高熱隧道』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『高熱隧道』――あらすじ

1936(昭和11)年8月に着工し、1938(昭和13)年11月に完工した、黒部の第三発電所。

この発電所を作るために、北アルプス黒部峡谷において、犠牲者300名以上を出した隧道(トンネル)工事が施工されました。

岩盤温度が最高166度にも達し、ダイナマイトの自然発火や豪雪地帯の災害などに見舞われる中で、国家事業としての重圧も抱えた土木会社佐川組第一工区工事課長である藤平健吾は、様々な葛藤に悩まされます。

上司である所長の根津が、工事の犠牲者に対して吐露する冷徹な考えに違和感をもちながら、かといって、現場の技師や工夫たちに寄り添うことも出来ない、不安定な自分の立場を自覚しているのです。

しかし、工事完工のために職業人としての自負をもつ彼は、試練の矢面に立ちながら、着実に業務を遂行していくのでした。

『高熱隧道』――概要

主人公

藤平健吾

重要人物

根津所長、天知工事監督主任、青山技師、
千早技師、成田技師

舞台

北アルプス黒部峡谷

時代背景

193638

作者

吉村昭

 『高熱隧道』――解説

『高熱隧道』は、吉村昭による記録文学で、彼のその綿密な取材力が十分に発揮された作品です。

吉村は、一方で人の内面的な心情を語るタッチの作品も書いています。

しかし、硬質なテーマの上に、抑制された人間模様を描きながら、味わいのある読後感を残す、本作のような一連の作品に注目を浴びることが多いのです。

「史実をあくまで尊重する」――その姿勢を貫いたために派手さに欠け、その実力に比して、一般読者の話題にあがることが少ないものの、ノンフィクション作家以上に事実に殉じながら、表現者としての文学性に関しては、頑なにこだわり続けた彼の作品は、様々な角度から分析されるべき価値があるものです。

もちろん、これまでも先行する幾多の解説書があるのですが、今回は、新たな視点からの読み取りということで、本作に登場する人物像を改めて取り上げていきます。

小説で登場人物が積極的に論じられないのはめずらしいのですが、彼は著名な人物はあえて避けて書く傾向があり、わかりやすくいえば、司馬遼太郎が、(もちろんそれだけではないのですが)数々の歴史上の名高い人物をこぞって取り上げたのとは、真逆のやり方をしていたのでした。吉村は、世間の知名度よりも、自分がその人の生き方に興味があったら書く、そうした信条をもっていました。

本作に登場する人物も、決して英雄視されることはありません。

困難なトンネル(隧道)工事を、自然の猛威や人権を省みない国家や企業の圧力にめげず、時に対立しながらも、最後は力を合わせて完遂した技術者たち――そう筋立てて持ち上げれば、ドラマ的には非常に際立つのですが、吉村昭の描く世界ではありえないことなのです。

では、市井の民を書くことで時代小説のような人情物を生んだのかといえば、そうでもありません。彼の書く史実に基づく硬質な世界は、そういった着地も許さないのです。

ここでは、『高熱隧道』の登場人物が、彼の作風の中でいかに設定され、小説の構造の中で生を与えられてきたのかを解説していきます。

さらに、感想で、『高熱隧道』における、吉村昭の小説の世界観と人物造形について、この両者の抑制された独特な距離感が、彼の文学の深い味わいになっていることについて論じていきます。

英雄になれない主人公―人は神様ではない

『高熱隧道』は、トンネル(隧道)貫通に向けて工事を完工した男たちの物語です。

けれども、主人公藤平健吾の内面をみると、彼は、決して強い意志をもって業務にあたっていたとはいえません。

本作の最初の頃の話で、ダイナマイトが不意に爆発し、工夫(こうふ)8名が死亡しました。その死体の残骸を藤平の上司の根津が、率先して運んでいます。

「藤平は、手伝わなければいけないとしきりに思った。かれらを肉塊にしてしまった直接の責任は、工事課長としての自分にある。が、根津の抱きかかえているものに眼を向けると、意識のかすむような嘔吐感がこみ上げてきて、血のしたたり落ちるものをかかえる勇気は到底湧いてきそうにもなかった。」

吉村昭『高熱隧道』, 新潮文庫, 1975, pp81

しかし、後に所長のその行為は、工夫たちの不満をそらせるためのパフォーマンスであったことを知ると、藤平は改めて、己の立場に疑いをもつのです。

「藤平は、酔いに赤らみはじめている根津の横顔をうかがった。根津の存在が、藤平の眼に異様なものとして映ってきた。
藤平は、胸の中に悲哀感に似たものがひろがってゆくのを意識した。そして、自分自身も根津を同じ世界に足をふみ入れかけていることに、卑屈な萎縮感(いしゅくかん)をおぼえていた。」

吉村昭, 前掲書, pp111-112

つまり、彼は自分の仕事に完全な自信をもっているとはいえないのです。常に何かしらの罪悪感を抱えながら、中間管理職として職務を全うしているのです。

工夫たちへの憐みを覚えながら、それでも工事を進める彼の胸中も、話の中盤では、やがて次のように変わっていきます。

「ふと、根津とは決して離れたくはないという思いが、激しい強さで湧いてきた。(中略)根津がどこかの土木会社に職を得たなら、自分もその後を追ってその会社へ入社させてもらおう。そして、根津のもとでトンネルを掘りつづけてゆくのだ。」

吉村昭, 前掲書, pp181

結局、藤平は現実を受けとめ、技術職人として、人情を殺すことに徹する根津のあとを追おうと決意するのでした。

もし、これが企業ドラマであったらなら、こうした主人公は登場しえないでしょう。

しかし、本作の作者は、万民受けするエンターテインメント的展開を排し、ひたすら現実に即して登場人物たちを動かします。

一方で、工事完工という意味で、藤平の果たした役割を大きく、高熱地帯を作業しなくてはいけないトンネルにホースで水をかけて冷却するという、原始的ながらその場では誰も考えつかなかったことを提案し、結果を出しました。

そういう意味では、藤平はこの工事現場で仕事に完全燃焼した男でもあったのです。

こうした主人公藤平の人物造形は、あまりにも現実的過ぎて、フィクションとして書いている小説としては、ドラマとしてもの足りないととるか、あえて人を無理に神格化しようとしない作者の温かさととるか、意見が分かれるところです。

憎むべき悪役の不在―戯画化の徹底的な否定

本作は一つの企業物と捉えることが出来ます。

現場には、元請の日本電力株式会社がおり、受注者として藤平が所属する佐川組を含む土木会社三社がいます。そして、背景には戦時下における電力供給の要として、この工事を注視している国家とその出先機関である軍がおり、地元では国とは違ったスタンスで臨む、県の役人や警察が管理しています。

こうした複雑な組織が絡む構図は、本来ならば恰好のエンターテインメントの舞台となりうるのです。

組織に従うそぶりを見せながら、己の信条は曲げない主人公を配して、それをつぶそうとする組織側の人間を悪役として立てれば、映画にもなりそうな設定になります。

しかし、先ほどのとおり、本作の主人公は、優秀な技術職人ではありますが、それ以上でも、それ以下でもありません。また、上司の所長にしても、元請の工事監督主任にしても、それぞれの立場の温度差があっても、自分だけの保守に走る、悪役として描かれているわけではないのです。

本作では、多くの工夫たちが事故や災害で次々に亡くなります。

また、若い技師の一人は神経がおかしくなり、半ば自殺の形で山の奥へ消えていきました。

こうした悲劇が訪れても、作者は誰が悪いのかという責任を登場人物たちには背負わせないのです。あえていうならば、純粋に悪役とはいえませんが、彼らの死の原因は、人智の及ぶところではない自然であったり、直接的な批判はしていないのですが、強行工事をすすめさせた軍であったり、そういった人ではなく別のものでありました。

吉村作品では、完全なる、あるいは、わかりやすい善と悪という構図は成り立たせないようにしています。特に彼の記録文学においては、それを拒否する傾向が強いのです。

このことを好意的にとれば、話が嘘くさくないといえますし、批判的にとらえれば、大きな劇的なドラマは生まれない以上、展開や結末において爽快感に欠けるという印象をもたれてしまうでしょう。

『なるほど、ぼくにはわからない世界があるというわけか。君たちは直接工事を指揮しているんだから、われわれには想像できない苦労があるんだな』

吉村昭, 前掲書, pp107

これは元請の日本電力株式会社の天知工事監督主任が、酒の席で、下請である根津所長と藤平に言った言葉です。

天知は、根津に「なぜ、自らの手で死体を片付けることができたのか」と何度もしつこく尋ね、根津は工夫の手前、彼らに不満を抱かせないようにしたのだということを、その場で答えることが出来ず、藤平に「お前ならわかるだろう」と話をふったのでした。
ですが、天知は、根津の真意に気付かず、現場を実際に管理する技術者同士にしかわからない理由がある、ということで納得してしまったのでした。

この天知と根津のやりとりをみても、誰も個人的な私欲のために行動し、発言しているわけではないのです。工事完工のため、会社における責任のある立場から、最低限必要な行動をしているにすぎません。決して、下請や部下、労働者を虐げたりはしていないのです。ある意味、みんな社会構造の中で節度をもって業務を遂行している人たちであり、善とか悪とかで解釈できる問題ではないのです。

本当の被害者は息を殺している―唯一見せた社会性

実は、本作で一貫して描かれている関係性があります。

それは管理者である藤平たちと工夫です。

「『人夫たちも腹は立てる。だが、かれらも仕方がないことを知っている。おれも初めは、かれらの怒りが恐しかった。だが、かれらはおれたちの方から誠意さえぶつければ、素直に反応してくれる連中ばかりだ。』」

吉村昭, 前掲書, pp85-86

「かれは、隧道工事技術者として多くの人夫たちの死骸(しがい)をふみつけながら生きつづけてきた。そして、その後に残されたのは、一〇〇キロメートルに及ぶかれの隧道貫通実績と、その都度肉附(にくづ)けされてきた技術的な経験なのだ。」

吉村昭, 前掲書, pp111

藤平は、当初、所長の根津ほど工夫の扱いについて割り切っていませんでした。ですから、若手の技師に向けては「工夫は話せばわかる人間たちだ」と諭していたのです。

しかし、自分のキャリアが彼らの死によって成り立ってきた事実にも、目をつぶるわけにはいかないのでした。

作者が本作で、こうした相矛盾する感情をもたねばならなない中間管理職者を、主人公にもってきたのは、戦後の文学だからといえるでしょう。労働者の苦しみを描くのに、一つクッションを用意したのです。

しかし、本作では労働者運動といった社会問題は提起されません。実際、工夫たちにもこうした労働をするのには理由があって、日当が高いから自ら望んできている、危険とお金とは背中合わせであることは彼らも十分わかっている、ということが指摘されています。
そして、先のとおり、管理者側も決して資本主義に胡坐を書いた悪人とも描かれていません。

この作品では、ともすれば劇的にするために設定を加えたくなるような、資本家と労働者の対立を無理に煽らないようにしています。
おそらく、この工事現場には表面化した労使問題がなかったのでしょう。舞台となった時代的にも、労働運動の弾圧が徹底され、鎮静化していた時期でもあります。

ただ、工事が終わりを告げる段階となった時、十本のダイナマイトがなくなっていることがわかります。そして、年老いた工夫頭が、根津、天知、藤平へ急いで現場を離れるように忠告するのです。その工夫頭は、工夫たちがダイナマイトを使って、これまでの鬱憤を晴らそうとしていると暗に示唆したのでした。

初めは取り合わなかった根津でしたが、結局、三人はそのまま山を下りることに決めます。

「坑道には、点々と灯(ひ)がともっている。湧水(ゆうすい)が、坑道に小さな流れをつくっている。三人の足音が、坑道内でかすかに反響した。その音が、ひそかに追ってくる無数の人夫たちの足音のように錯覚された」

吉村昭, 前掲書, pp254

工事を完工させた立役者たちは、工夫の影に怯えながら、自分たちの栄誉ある現場から怯えながら立ち去る、このようなエンディングを用意した作者の意図は、どこにあったのでしょうか。

少なくとも、藤平たちが幸せに工事を終わらせたことには、させたくなかったのでしょう。

一方で、結果として、労働者が騒ぎを起こしたという話にも、なりませんでした。なぜなら、それは本工事の史実にないからです。

また、本書において、よく取り上げられる解説は、「人間に自然の厳しさ、恐ろしさを知らしめる」ことにあったというものです。実際に、作者自身もそういった発言をしています。

その解釈は間違っていないのですが、本稿では、もっと本全体の構造を掘り下げていって、吉村昭が作った世界と造形された登場人物が織りなす抑制された空間と、そして「事実と虚構の関係」について、感想で追求していきます。

『高熱隧道』――感想

この記録小説としての吉村昭の世界を語る上で、本作と比較するととてもわかりやすくなる作品が2つあります。

それは、木本正次の『黒部の太陽』と小林多喜二の『一九二八年三月十五日』です。

本作を含む、これら3作品は全て事実を元に書かれた「記録小説」です。

本作と『黒部の太陽』においては、戦前と戦後という舞台の時代背景は違えども、それぞれ黒部の第三発電所、第四発電所の建設に関わるトンネル工事の話です。

題材としてはかなり酷似しているといってよいでしょう。

また、本作と『一九二八年三月十五日』は、設定された時代は10年ほど異なりますが、過酷な試練にあった労働者という点で、テーマとしては近いものがあります。

にもかかわらず、本作とこの2つの作品の共通点よりも、違いの方が目立つのです。では、それぞれの作品の長短を比較しながら、作者吉村昭が、自分の世界を作る上で、選択しなかった点と、逆に遵守することとした己の拘りについて考えていきたいと思います。

「どこまで相手に感情移入をさせるか」というテーマ

物語において、読者にどこまで共感を得られるか、というのは大切なテーマです。

文学、芸術には、あえて読者に見慣れないものを提示して、そこから逆に感情を刺激するという「異化作用」を狙う技法もありますが、今回のような事実をもとにした「記録小説」では、その手法がとられることはありません。

従って、この記録小説では、題材を選ぶのは作家の自由ですが、物語の展開や描写は事実に沿った、かなりスタンダードなものが要求されることになります。

となると、一番やりやすいのは、実在のモデルを登場人物にあてはめ、その劇的な一面を強調し、ある程度戯画化させることです。これは、子ども向けに書かれた偉人伝を想像するとわかりやすいでしょう。

木本正次が、1964(昭和39)年に毎日新聞で連載した『黒部の太陽』は、読者対象は大人ですから、過剰な戯画化は行われませんでした。しかし、この作品は、「黒四(黒部川第四発電所)」の建設に向けて、トンネルを開通させた人々の苦闘を称えるものでしたから、その感動をより読者に訴えるには、人物造形も物語の展開も、史実よりは、ある程度演出する必要があったのです。

これは、同名で1968(昭和43)年に、三船敏郎と石原裕次郎の出演で映画化され、その映画は大ヒット作となりました。このイメージが強いせいか、黒部トンネルの開通工事の話となると、本作よりは『黒部の太陽』を思い浮かべる人が多いでしょう。

『黒部の太陽』では、本作の主人公藤平にあたる人物に、芳賀公介という男が充てられています。ただし、本作とは違い、彼は実在の人物で元請の関西電力側の人です。

新聞記者でもあった『黒部の太陽』の作者大木は、丹念な取材を重ねて、この作品を執筆したと思われますが、この作品では、芳賀を含め、登場する人物には、解説で考察したような屈折した感情を露骨には抱かせていません。

それは、前述のとおり、この『黒部の太陽』は、黒四の建設のために命を張った人々を称える話であることが決まっていたからです。そういったゴールが見えていて、さらに、このゴールに向かう感動を読者に共有してもらうためには、必要なものであれば負の要素も取り入れますが、受け手の毒にまでなってしまうようなものは残しません。

一方、本作『高熱隧道』では、このようなゴールは設定されませんでした。工事が始まり、終わる、その工程とそれに伴う人々の心情を粛々と描いたのです。唯一、メッセージとして残されたのは、工夫への過酷な扱いでしたが、これは次項で話します。

「人を感動させる」――そのために登場人物と読者との心理的な距離を近づける、それもなるべく早くという課題に、『黒部の太陽』は実にシンプルに答えました。

この作品は企業人が与えられた困難を克服する「企業小説」「経済小説」のジャンルに分類されてもよく、時代は1956(昭和31)年を舞台としており、高度成長期の走りであった、日本を勇気づける「企業共感型」小説の嚆矢ともいえます。

けれども、本作の著者吉村昭は、木本と同時代の作家だったにもかかわらず、同じスタンスをとりませんでした。

両作品の結末をみても明らかです。

本作は、工夫の暴動に怯えながら企業側である藤平たちが山を下っていくのに対し、『黒部の太陽』では、工事に関わった人々の穏やかなエピローグで終わりを告げるのです。

どちらのやり方にも優劣はつけられません。むしろ、創作の要素を取り入れ、劇的効果を表すことが許されている小説の効用からすれば、『黒部の太陽』の方が、素直な表現をしているといえるでしょう。

逆に、吉村昭はあくまで頑なに「現実」に拘ったため、読者への感情移入を強めるための「創作的な調整」を加えることがなかったのだと解釈できます。

「主人持ちの文学」をとらなかった姿勢

「主人持ちの文学」とは、かつて志賀直哉が、小林多喜二の作品について、共産党による労働運動を背景にしている文学を批判した際に使った言葉です(しかしながら、志賀直哉は小林多喜二の作品を、全面的に非難したわけではありません)。

国家の一斉摘発を期に、小林多喜二が世に出した、『一九二八年三月十五日』は、労働運動で弾圧され拷問を受けた人々を描いた記録小説です。主要人物にはモデルもいます。彼の小説には、先の『黒部の太陽』以上にゴールがありました。共産主義革命です。彼は、それを成就させるために、本を書き続けたといってもよいでしょう。

志賀は、そうした思いが入ると「作品が不純になる」といっています。これにはいくつか解釈がありますが、「共産主義革命がありきという文学では、内容にしても、表現にしても、そこに制限され、教科書的になってしまって、文学のもつ自由が束縛されてしまう」と言いたかったのではないでしょうか。

今回取り上げている、吉村昭と小林多喜二、この二人が同じくして志賀直哉に信奉しているという点も興味深いのですが、志賀の「文学性」は、多喜二には「主人持ちの文学」の弊害によって継承されることはありませんでした。

一方、吉村は、どうだったのでしょうか。

本作をみてもわかるように、彼は工夫である「労働者」を注視していたのは事実です。

これまでも指摘したように、結末も結果的には、労働者が、管理者である藤平たちを山から立ち去らせたという形をとっていますから、労働者の勝利とまではいかなくても、彼らの圧力というものがあったことは認めてもよいでしょう。

しかし、吉村の作品が「主人持ちの文学」になることはありませんでした。

なぜならば、彼は政治的イデオロギーをもつことがなかったからです。

本作においても、労働者の不満から、政治的な労働争議につながるような描写は皆無です。これは多喜二の姿勢と正反対といってもよいでしょう。

また、抑制された文体、徹底的な「事実」の裏付け、そういった作風から、吉村の記録小説の文学性が問われる危険性もありますが、彼は常々、いかなる小説にも「文学性」の必要があることを唱えていました。

実際に彼の文章を注意して読んでみると、記録的な描写はもちろん多々ありますが、言葉の装飾において随所に気を配って書かれていることがわかるでしょう。

さらに、本項の冒頭で触れたとおり、多喜二の作品には『黒部の太陽』と同じように強烈な「ゴール」がり、本作にはそれがないことも、作風を分ける上で決定的です。

吉村は労働者の救済については、何ら答えを出していません。そこに「ゴール」を設定していないからです。従って、志賀の言うところの文学の「純粋」性は保たれたのでした。

ノンフィクションの上に成り立つ「小説家」の天才的な手腕

同じ記録文学の『黒部の太陽』、『一九二八年三月十五日』、そして、本作とこうして比較すると、『高熱隧道』の作者吉村昭は、苦労と涙による熱い感動からも、強烈な政治的メッセージからも、距離をおいていたことがわかりました。

どんな立場、どんな文章表現においても、人は「私欲」をもってしまいます。

それは、「自分の感動した思い」「自分の信奉する主義、思想」を人に訴えたいという欲です。

より客観的な描写を要求される新聞記事にしても、記事によっては、書き手の感情が垣間見られることがあります。

もちろん、そのことが悪いわけではありませんし、むしろ、そういった欲があるからこそ、表現活動が豊かになるのですし、多くの芸術家にとっては創造の始原ともなります。

ただし、吉村の記録小説は、その「私欲」が徹底的に制御されていたといえます。

記録小説において、彼が見せた欲は、「自分が書きたい題材を選択すること」――この1点につきるのではないでしょうか。

これは何を意味するかというと、吉村は、それこそ本職のノンフィクション作家以上に、ジャーナリスト以上に、「事実」を的確に表現できた人間だということです。

なぜ、そこまで彼がストイックに執筆にあたったかというと、本質的な意味での「ジャーナリスト」の側面をもっていたからに他ならないのです。つまり、「事実」を伝えるのに、個人の名誉であったり、思想であったり、読み手への迎合であったり、そういったものを持ち込む可能性を徹底的に排する覚悟があったのでした。

しかも、吉村の才能が稀有なところは、伝えたい「事実」が、物事だけではなくて、「人間そのもの」にもあったことです。

果たして、人間はゴールを設定されて生きているのでしょうか。そんなことはありません。人は未知の明日を迎えるルーティンをとりながら、希望と不安を抱えて生きているのです。結末をつけられるのは、あくまで「ものがたり」の世界だけに過ぎません。

そういった人々の不安の解消剤、あるいは希望の促進剤として、歴史上、フィクションにおける「文学」が存在してきました。一方で、いまある現実を直視し、客観性を強調しようと、ノンフィクションの世界も開拓されました。

ただ、このノンフィクションにしても、消費構造の中に飲まれていけば、人々が求める先の「薬」として「ものがたる」ことが要求され、フィクションとノンフィクションの境界が曖昧になってきているのです。

吉村は、彼の一つのジャンルである記録小説において、その不安解消剤、希望促進剤の役目を果たすことを拒否した、類まれな革命的な存在であり、その積み上げた実績は、ある意味、他者にない天才的な作業であったとまでいえます。

正直なところ、その様々な不純物を削ぎ落した、彼の作品は地味なものが多いです。

ですが、一般のジャーナリスト以上に、「事実」に寄り添うジャーナリストの感覚をもち、「涙」や「笑い」に安易に溺れることなく、装飾過多な文体を排した本作に代表される彼の作品群は、現代をもってしても色あせることはないでしょう。

幸い、吉村の記録小説は、入手可能なものが多いので、この機会に手に取ってみて、あなたの自身の目で検証してみてください。

★参考文献
笹沢信『評伝 吉村昭』、白水社、2014
柏原成光『人間 吉村昭』、風濤社、2017
『KAWADE夢ムック 吉村昭』、河出書房新社、2013年
谷口桂子『吉村昭の人生作法』、中公新書ラクレ、2022年
文藝春秋編『吉村昭が伝えたかったこと』、文春文庫、2013年
吉村昭『私の文学漂流』、新潮社、1992年
大木正次『黒部の太陽』、講談社、1967年
小林多喜二『蟹工船 一九二八・三・一五』、岩波文庫、1951年

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