遠藤周作『深い河』美津子と大津の共通点から唐突なラストまで!

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遠藤周作『深い河』美津子と大津の共通点から唐突なラストまで!

『深い河』の紹介

『深い河』は、遠藤周作が70歳の時に刊行した作品です。

インドを舞台に、生まれ変わりやキリスト教について取り上げています。

ここではそんな『深い河』について、あらすじ・解説・感想をまとめました。

『深い河』のあらすじ

老年に差し掛かった男・磯部は妻を癌で亡くしました。

最期の言葉は「生まれかわるから、この世界の何処かに。探して」。

妻の生まれかわりを探すため、インド旅行に参加する磯部。

彼はそこで、妻に付き添っていたボランティア・美津子と再会します。

美津子には、キリスト教を信じる同級生・大津に、信仰を捨てるように迫った過去がありました。

インド旅行の参加者には、入院中に鳥に救われた沼田も参加しています。

彼はインドで鳥を買い、逃がすことで恩返しをします。

また、戦時中にビルマで辛い思いをした木口も参加していました。

彼の戦友は人肉を食べ、そのことでずっと苦しんでいました。

磯部は日本人の生まれかわりがいると教えてもらった村を訪問。

しかし、妻の生まれかわりには出会えませんでした。

一方、美津子は大津と再会。

彼はヨーロッパのキリスト教徒相容れない考えを持ち、神父失格と言われながらも、信仰は捨てていませんでした。

ガンジス河の近くで、日々、行き倒れた人を介抱する大津。

ある日、トラブルを起こした日本人をかばった大津は、暴力を振るわれ、病院に運ばれます。

やがて美津子は、大津が危篤との知らせを受けるのでした。

『深い河』―概要

物語の主人公 磯部
物語の重要人物 磯部の妻、美津子、大津、沼田、木口、江波、三條夫妻
主な舞台 日本、インド
時代背景 現代
作者 遠藤周作

『深い河』の解説

・美津子とはどんな人物なのか

この作品の主人公は、妻を亡くした男・磯部です。

彼は妻の最期の言葉を聞いてインドへ。

そこでの体験と、一緒に旅行した人々のエピソードが次々と紹介されます。

にもかかわらず、主人公以上に非常に印象に残る登場人物がいます。

それは、成瀬美津子です。

最初は磯部の妻のボランティアとして登場。末期患者に対しケアに慣れた態度を見せる一方、どことなく冷たさも感じます。

その後磯部が参加するインド旅行に、彼女も参加することがわかります。

そんな彼女が大学時代に大津という男を誘惑したことが徐々に明らかになります。

明確な目的を持ってインド旅行をする他の登場人物に比べ、なぜ彼女がインドに行くのかもよくわかりません。

彼女は一体どんな人物なのでしょうか。

・美津子と大津の共通点

『深い河』はキリスト教をテーマとした物語でもあります。

美津子はキリスト教、そして神に対してどう思っているのでしょうか。

大学時代、チャペルで美津子は聖書を手に、「実感のない言葉」(遠藤周作『深い河』講談社、71ページ)と思います。

また、次のように言います。

ここの神父さんたちは仏教や神道にいかにも理解ありげなことを言って、そのくせ心のなかではヨーロッパの基督教だけがただ一つの宗教だと思っているんだから

遠藤周作『深い河』講談社、73ページ

キリスト教に対し、敵意を持っていると言っても過言ではないでしょう。

一方、美津子を語るうえで欠かせないのが、大津の存在です。

美津子は周囲にけしかけられ、大津を誘惑します。

誘惑をした背景には、大津から信仰を奪うという目的もあります。

いわば、神に対する対抗心が美津子の行為を支えているとも言えるでしょう。

そんな大津は、フランスで美津子と再会した際に、次のように言います。

「ぼくはヨーロッパの基督教を信じているんじゃありません」(遠藤周作『深い河』講談社、105ページ
「彼等が手でこね、彼等の心に合うように作った考え方が……東洋人のぼくには重いんです」(遠藤周作『深い河』講談社、106ページ

一見すると敬虔なキリスト教徒に見える大津ですが、はっきりと「信じているんじゃありません」と言い切っています。

「ヨーロッパの基督教」に対し、疑問を感じている。

そこが二人の共通点と言えるでしょう。

・空虚感を抱える

また、美津子の特徴として、空虚さも挙げられます。

物語の中で、彼女はたびたび自分に次のように問いかけます。

「(本当に何がほしいの。なぜ、一人でこんなところに来たの)(遠藤周作『深い河』講談社、96ページ
「自分のなかの空虚感を消し去るためではなかったのか」(遠藤周作『深い河』講談社、96ページ
「(一体、何がほしいのだろう、わたしは……)」(遠藤周作『深い河』講談社、110ページ

ボランティアとして磯部の妻の傍にいた時は、妻に対し冷たさを感じられる行動をとることもありました。

なぜそうした行動をとるのか、物語の中では説明されていません。

これは、磯部という大切なものを持っている妻に嫉妬心を覚えていた可能性があります。

インド旅行の添乗員の江波が、インド人をバカにする観光客に声を荒らげるシーンでは、美津子はその真剣さに好感を抱きます。

美津子自身が空虚感を抱えているからこそ、大切なものを持っている人に憧れと羨ましさを感じたからかもしれません。

・インドで得たもの

インドで大津と再会した美津子。

ずっと「ヨーロッパの基督教」を信じる人から、自身の考えを否定され続けていた大津が、彼なりの答えを見つけたことを知ります。

それは、

玉ねぎという愛の河はどんな醜い人間もどんなよごれた人間もすべて拒まず受け入れて流れます

遠藤周作『深い河』講談社、302ページ

ということです。

美津子はずっと、神から大津を奪おうと対抗心を燃やしていました。

この大津の言葉を聞いて、彼女は神が「大津を完全に彼女から奪ったことだけはわかった」のです。

これまでの彼女であれば敗北感を感じたでしょう。

けれども、彼女は最後にガンジス河を見て、こう思います。

「でも、あの河だけは(中略)ヒンズー教徒のためだけではなく、すべての人のための深い河という気がしました」(遠藤周作『深い河』講談社、317ページ
「わたくしは、人間の河があることを知ったわ。その河の流れる向うに何があるか、まだ知らないけど。でもやっと過去の多くの過ちを通して、自分が何を欲しかったのか、少しだけわかったような気もする。(中略)信じられるのは、それぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です」(遠藤周作『深い河』講談社、342ページ

つまり、大津がインドで自分なりの答えを見つけたように、彼女も答えを見つけたのです。

美津子は聖書の言葉を「実感のない言葉」と評し、ずっと空虚さを抱えていました。

実感を求めて続けていた美津子は、すべての人を受け入れるガンジス河を見ました。

そして自身もガンジス河に身を浸しました。

実感を得ることができたのです。

大津は行き倒れた人を助けるという行為から、美津子はガンジス河を見て身を浸すという行為から、キリスト教、そして神について同じような答えを持つに至った。

私は、この物語からそう読み解きました。

『深い河』の感想

・唐突なラスト

『深い河』はかなり唐突なラストを迎えます。

美津子が大津に連絡を取ろうとした途端、大津が危篤だと知らされるのです。

物語がまだ続くと思ってページをめくったところ、解説が始まり、私は面食らいました。

作者に何かが起きて、途中で物語を書くのを止めてしまったのではないかと疑ったくらいです。

これから美津子はどんな行動をとるのか、磯部は、沼田は、木口は……。

大津が大怪我する原因をつくった三條に罰はくだらないのだろうかともやもやした気持ちも感じます。
彼らの「その後」が非常に気になります。

とはいえ、思い返してみれば、遠藤周作の代表作『海と毒薬』も、「その後」が気になる終わり方でした。

捕虜の生体解剖はどのようにしてバレてしまったのか。

勝呂以外の関係者は、バレてしまった後にどんな人生を送ったのか。

こちらも気になったまま、物語は終わりを迎えます。

こうした終わり方が遠藤周作の小説の特徴だと言われれば、うなずくしかありません。

(『沈黙』は「その後」までしっかり書き切った作品だと思いますが)

・遠藤周作の集大成

キリスト教徒である遠藤周作は、ずっとキリスト教と日本、神とは何か、など、キリスト教について考え続けてきました。

『深い河』は、その集大成とも呼べます。

作品中で、神はどんな醜い人間も汚れた人も受け入れるという大津の話があります。

神は神を棄てた人さえも愛するという考えも述べられています。

大津を通して語られる言葉は、遠藤周作が到達した考えとも読み取れるでしょう。

この作品に対し、佐伯彰一は以下の点に難点があると指摘しています。

  • 美津子が大津を誘惑し堕落させるのは、少々無理がある。
  • 美津子の結婚が破綻するのは当然すぎて興がそがれる。
  • 美津子がランド地方に一人で行くのは、小説の運びとして少々無理が感じられる。

(いずれも遠藤周作『深い河』講談社の解説から筆者要約)

 

こうした難点を抱えつつも、『深い河』は遠藤周作の代表作の一つとみなされています。

遠藤周作と聞いて、この作品をすぐに思い浮かべる人も多いでしょう。

毎日芸術賞も受賞していますし、映画化されたので普段小説を読まない人にも広く知られています。

気になる点はいくつもありつつも、それでも最後まで読ませてしまう力もあると言わざるを得ません。

登場人物一人ひとりもしっかりと書き込まれています。

木口の戦争中、そして戦後に再会した戦友とのエピソードは胸に迫るものがあります。

そして遠藤周作の生涯のテーマであった、キリスト教について、彼独自の考えを表しています。

この作品をどう評価するのか。

遠藤周作が出した答えをどのように受け止めるのか。

この本を手にした読者一人ひとりが問われているような気がします。

以上、遠藤周作『深い河』のあらすじ・解説・感想でした。

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