『うたかたの日々』シュルレアリスム的な「ライフ」の物語

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『うたかたの日々』シュルレアリスム的な「ライフ」の物語

『うたかたの日々』の紹介

かつてフランスのパリに生きた作家、ボリス・ヴィアン。

彼が書いた小説は非常にシュルレアリスム的で、理解しようとしてできるものではありません。

しかし、その世界観は美しく、不思議さに満ちた魅力を持っています。

今回は、そんなボリス・ヴィアンの代表作「うたかたの日々」の解説と感想をまとめました。

『うたかたの日々』のあらすじ

パリの片隅に住むコランは、働かなかくとも生活に困らない程度のお金持ちの青年です。

彼はそこそこにハンサムで、腕の良いコックの二コラを抱え、仲の良い友人のシックにも恵まれていました。

コランは貧乏なシックのために、時折、食事を振舞っていました。

そんなコランの望みは、恋をすること。

その思いは、シックが二コラの姪・アリーズと交際を開始したことで強くなっていきます。

ある日、コランはパーティーで一人の女性と出会います。

彼女の名前はクロエ。コランは儚げで美しい彼女に夢中になり、あっという間に結婚をすることになりました。

二人は盛大な結婚式を挙げ、意気揚々と新婚旅行に向かいます。

しかし、幸せはここまででした。クロエの肺に、巨大な睡蓮が巣くってしまったのです。

コランはその睡蓮を取るために、様々な手を尽くしました。

潤沢にあったはずのコランの財産は、どんどん無くなって行きます。しかし、クロエの病状は良くなりません。

コランは働くことを決意しますが、彼はお金を稼ぐことに向いていませんでした。

最終的に、コランは死期が迫った人に手紙を届ける仕事に就くことになります。

そのリストの中には、彼自身の名前も含まれていました。

クロエの葬式は、その結婚式のきらびやかさとは裏腹に、ひどく質素なものでした。

『うたかたの日々』概要

主人公 コラン、クロエ
物語の重要人物 コラン、クロエ、二コラ、シック、アリーズ
主な舞台 パリ
時代背景 不明
作者 ボリス・ヴィアン

『うたかたの日々』解説

・「シュルレアリスム」文学

「シュルレアリスム(超現実主義)」という言葉をご存じでしょうか。フランス発祥の芸術活動の一環であり、いわゆる「シュール」の語源となったものです。

絵画に少しでも興味がある人であれば、サルバドール・ダリやジョルジュ・デ・キリコなどの作家を知っていることでしょう。

彼らはまさにシュルレアリスムの第一人者であり、その芸術的技法がどんなものかを、わかりやすく明示してくれています。

シュルレアリスムは絵画のジャンルだと思われがちですが、数多くの文学にも取り入れられています。

私たち日本人になじみ深い作家であれば、阿部公房などが挙げられるでしょう。

そして、本作『うたかたの日々』も、シュルレアリスムを取り入れた作品の1つです。

本作の特徴は、そんなシュルレアリスム的表現にあります。そのため、一読して物語を理解しようとしても、至難の業でしょう。

『うたかたの日々』は、不可思議な表現で満ち溢れています。

  • 恥ずかしくて隠れるニキビ
  • 水道の蛇口から出てくるウナギ
  • 伸び縮みする部屋
  • 人の体を使って作る銃

読んでいると、不思議な描写の連続に頭がついていけません。「今、自分が読んでいるのは何なのだろう」と考えてしまうのです。

シュルレアリスムとは、超現実主義。これを言葉で説明するのは難しいものですが、「『現実』の先にある『現実』」と言えるでしょう。

これはごく私的な表現ですが、「非現実を通して現実を描写する」と説明しても良いかもしれません。そして、その「非現実」とは、人の心そのものです。

もともと、このジャンルは頭で考えるものではないのでしょう。

なぜならば、心の奥底にある目に見えないものを、一見、摩訶不思議な方法で表現しているからです。

人の心は目に見えず、理解するのも困難です。

であるならば、『うたかたの日々』もまた、頭で考えるものではありません。シュルレアリスムの波に乗って、感覚で受け止めるべきものなのです。

頭でっかちはやめてこそ、感じ取れる文学。それこそが『うたかたの日々』です。

・はたして「ラブ」を書いたものなのか

『うたかたの日々』は、主人公であるコランが美しい女性・クロエに恋をすることから始まります。

2人は順調にデートをして、めでたく結婚をすることになります。二人のデートシーンは美しい描写の連続で、この作品屈指の名シーンの1つです。

二人は、最初の歩道沿いに、脇目もふらず歩き始めた。小さなバラ色の雲が一つ、空から降りて来て、彼らに近づいた。
「行くぞ」と雲が言った。
「行こう」とコラン。
雲が二人をすっぽりつつんだ。中に入ると熱く、シナモン・シュガーの味がしていた。

ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』早川書房,2002年、p64,16行~p65,4行

コランがクロエと結婚するまで。その間の物語は、まさに夢のようなものです。

時折不条理な描写が入るものの、基本的に幻想的で美しく、それこそ「シナモン・シュガー」の香りをしています。

つまり甘やかで、どことなく蠱惑的。人の心をそそる何かがあります。

しかし、物語はクロエが病に侵されたことで、大きく変わって行きます。

明から暗へ。陽から陰へ。不条理かつ美しいことは同じでも、不気味さが増して行くのです。

クロエの病気を考えてみましょう。クロエは、肺に睡蓮が寄生する病気に侵されました。

これは現実的にあり得ない病気ではありますが、どこかしら真に迫るものがあります。そして、肺に寄生するものが「美しい花」であるだけに、その不気味さはひとしおです。

人の体で育てる銃や、経済状況で縮む部屋の描写も、不気味さを表現するために一役買っています。

こうした不気味な雰囲気が立ち込める物語後半。そこにあるのは、決してラブストーリーなどではありません。むしろ、人の命の儚さを描き出す硬派な文学に思えます。

作中に散りばめられた様々な描写。始めの段階では、確かに「ラブ」の楽しさや美しさを表すものでした。その描写の趣旨は、後半で大きく変わることになります。

『うたかたの日々』は、一般的にラブストーリーと捉えられています。しかし、本当にそうなのでしょうか。「ラブ」ではなく、「ライフ」を描いたものなのではないでしょうか。

そう考えて読むことで、読後感が大きく変わる作品です。

『うたかたの日々』感想

・ジャズとシャンソンが入り混じる

ジャズにハードボイルド小説やSF小説。

『うたかたの日々』作者のボリス・ヴィアンは生粋のフランス人ではありますが、こうしたアメリカ文化を深く愛していました。

彼がジャズに造詣が深いということは、ボリス・ヴィアンがセミプロ級のトランペット奏者であることからもわかるでしょう。

今作を読んでいると、ボリス・ヴィアンのジャズ愛を強く感じることができます。以下に引用する文章は、それがわかりやすく現れているものです。

何もわざわざことばにしなくても、黙ってそれにしたがってればいい、二つのことがあるだけだ。それはきれいな女の子との恋愛だ。それとニューオーリンズかデューク・エリントンの音楽だ

ボリス・ヴィアン「うたかたの日々」早川書房,2002年、p7,3行~5行

ボリス・ヴィアンの文章は、どうしようもなく音楽的です。独特のリズムに満ち溢れ、まるでジャズのように、小説世界そのものがスイングしている様に感じます。

しかし、今作の底にあるのは、ジャズだけではありません。

ボリス・ヴィアンの洒脱で美しい文章は、まるでフランスの音楽・シャンソンです。ジャズを基調として、それを包むようんシャンソンの流れ。

ぜひとも原文で読んでみたい小説の一つです。

・豊かなイメージの連続

『うたかたの日々』は、イマジネーションに溢れた作品です。初めて読んだとき、イメージの洪水に押し流されているようでした。

そしてこれこそが、ボリス・ヴィアンの魅力であり、彼の小説を読む醍醐味でもあります。

「うたかたの日々」は解説の項で書いた通り、シュールな表現がメインの小説です。これは読む人のイメージを促進させるものであり、作品に欠かすことはできません。

私は、このシュールな表現が大好きで、いくども読み返す結果となりました。そして作品に抱く感想は都度違います。

最初は、よくわからない不思議な雰囲気のお話として、2回目以降は、作品の中にどっぷりはまり込む様に読むべきお話として。

こうしたボリス・ヴィアン特有の表現は、人によって合う合わないがあるかもしれません。

しかし私にとっては、手放せない存在の小説です。

以上、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』のあらすじ・解説・感想でした。

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オオノギガリ

子供のときから文を読み、書くことが大好きでした。高校生の時に近代の日本文学にのめりこみ、本格的に作家への道を志しました。現在は小説家を目指しながら、ひっそりとウェブライターとして活動しています。好きな作家は澁澤龍彦・三島由紀夫など。ジャンル問わず読む雑食性です。