太宰治『走れメロス』メロスの人物像からディオニスの改心の意味まで!

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太宰治『走れメロス』メロスの人物像からディオニスの改心の意味まで!

『走れメロス』紹介

『走れメロス』は太宰治著の短編小説で、1940年『新潮』5月号に掲載されました。

本作は国語の教科書に採用されていることから、太宰の著書の中でもっとも知名度の高い作品のひとつといえます。

人質となった友人の信頼に報いるため、命がけで処刑場への帰還をめざす実直で勇敢な男、メロスの姿を描いた、著者の作品群では異色ともいうべき爽やかさを感じさせる作品です。

ここでは、『走れメロス』のあらすじ·解説·感想までをまとめました。

『走れメロス』あらすじ

メロスは、妹の結婚式の買い出しに訪れたシクラスの市で、暴君のうわさを聞きます。

暴君ディオニスは、人間不信のために近親者や民衆を次々に処刑しているというのです。

激怒したメロスは王城に乗り込みますが、たちまち捕縛されてしまいます。

彼が妹の結婚式のため、友人のセリヌンティウスを人質として三日間の猶予を与えてくれないかと懇願したところ、ディオニスはそれを嘲笑し、ちょっとおくれて来ればおまえの罪は永遠にゆるしてやろう、と挑発してメロスを解放します。

故郷へ戻り妹の結婚式を済ませたメロスは、三日目の朝、約束通りシクラスへ駆け出します。

途中、濁流や山賊からの襲撃にみまわれ力尽きたメロスは、一度友を救うことをあきらめかけたものの、清水のおかげで力を取り戻し、再び処刑場へ向かって走り出しました。

セリヌンティウスが磔の柱に引き上げられていたところでメロスは間一髪、処刑に間に合い友を救うことができました。

メロスは帰還をあきらめかけた瞬間があったことを、セリヌンティウスはメロスを疑った瞬間があったことを詫びて、互いに頬を殴りあってから抱き合います。

彼らの姿をみたディオニスは「わしをも仲間に入れてくれまいか」と語り、暴君の改心に群衆からは歓声が起こりました。

『走れメロス』概要

主人公

メロス

重要人物

ディオニス、セリヌンティウス

主な舞台

シラクス

時代背景

不明

作者

太宰治

『走れメロス』解説(考察)

本作が、人生ではじめて触れた太宰作品だという方も多いでしょう。

しかし、多くの太宰作品を読んでいくうち、次第に本作が彼の著書の中で異色の雰囲気をもっていることに気づくのではないでしょうか。

実直で快活な主人公と後味爽やかなラストシーンには、彼の熱心な読者ほど違和感を感じることでしょう。

今回はこの違和感をもとに、本作が著者にとってどのような意味を持った作品であったのか考察していきたいと思います。

異色の主人公メロス

太宰作品の大きな特徴のひとつは、主人公に著者の性質が反映されていることです。

破滅的志向、猜疑心の強さ、芸術との葛藤など、太宰治自身の抱えていた生きづらさがわかりやすく投影されています。

その傾向は『人間失格』『斜陽』などの重厚な作品のみならず、『新ハムレット』『グッド·バイ』などコメディ調のものにも当てはまるといえるでしょう。

対して、本作の主人公·メロスは「のんき」「単純」「正直な男」などと形容され、「笛を吹き、羊と遊んで暮して来た」健康な肉体をもつ男です。

多くの作品に反映されている著者の暗く不健康な性質とは、正反対の要素をもっています。

これが太宰作品の読者が抱く、大きな違和感のひとつでしょう。

メロスは、太宰作品のなかで異色の主人公なのです。

暴君ディオニスの孤独

しかし、本作から「太宰作品らしさ」をまったく感じないわけではありません。

太宰作品の要素をもっとも強く感じさせるのは、暴君ディオニスでしょう。

「おまえには、わしの孤独がわからぬ」「疑うのが、正当の心構えなのだ」といったセリフから読みとれる、猜疑心の強さとそれゆえの苦悩は、まさに太宰作品の主人公らしい性質といえます。

たとえば、彼の代表作『人間失格』にはこんな一節があります。

(前略)自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。(中略)
そうして、その、誰にも訴えない、自分の孤独の匂いが、多くの女性に、本能に依って嗅ぎ当てられ、後年さまざま、自分がつけ込まれる誘因の一つになったような気もするのです。

太宰治『人間失格』,新潮文庫, 24-25

人間不信ゆえの孤独感という点が、ディオニスと共通していることがわかります。

彼はメロスよりもはるかに、太宰作品の主人公らしい要素を持っているのです。

では、自身を投影した主人公を用いることが多い著者が、本作ではなぜディオニスを悪役とし、メロスを主人公としたのでしょうか。

それは、本作が著者の憧れを描いた作品だからではないかと思います。

ディオニスの改心の意味

本作の末尾には、(古伝説と、シルレルの詩から。)という注釈が付いています。

この「シルレルの詩」が指すのは、F·シラーの『人質』という作品です。

原作の『人質』は、本作に比べてかなりシンプルな構造となっています。

もっとも着目したいポイントは、ラストシーンの見せ場のひとつ、メロスとセリヌンティウスの殴り合いが原作にはないことです。

さらにいえば、メロスが途中、帰還をあきらめかけ「正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。」と自暴自棄におちいる場面も、本作のオリジナルです。

つまり、こうしたメロスの心の弱さこそが、本作の核になる部分といえるでしょう。

近親者や民衆を次々に処刑するほど猜疑心の強いディオニスが、あっさり改心した秘密はここにあります。

ディオニスが語った「人の心は、あてにならない」「疑うのが、正当の心構えなのだ」という言葉は、実際メロスやセリヌンティウスにも当てはまっていました。

彼らは心から信頼しあっていましたが、切迫した場面では疑いの心から完全に逃れることはできなかったのです。

しかし、そうした「正当な」心の弱さを、二人は互いに詫びて相手に頬を殴らせました。

ディオニスは、メロスの勇気や二人の友情に感動したのではなく、皆と変わらず弱さを持った人間が、それにあらがって実直に生きようとする姿勢に希望を見出したのでしょう。

太宰は、メロスに希望を見せてほしかったのではないでしょうか。

メロスのように実直かつ勇気ある者も狡猾さは持ち合わせていること、しかし、そうした弱さに人はあらがうことができること、それらを描くことで、猜疑心に苛まれてばかりの自分でもまっすぐ生きていける可能性を見出そうとしていたのかもしれません。

本作におけるディオニスの期待感は、そのまま太宰の心情といえるでしょう。

まっすぐなメロスは、太宰の憧れが表現された存在だったのです。

感想

迂闊で情けないメロスの勇姿

はじめて教科書で読んだとき、多くの人々にとってメロスは勇敢でたくましい、まさしく「勇者」に見えていたのではないでしょうか。

しかし、本作を丁寧に読んでいくと、王を恐れるあまり口を閉ざす老爺のからだを両手でゆすぶって強引に言葉を語らせたり、買い出しの品を持ったまま王城を正面突破しようとしてたちまち捕縛されたり、帰還の朝は跳ね起きて「寝過したか」と焦っていたり、危うさを感じさせるほど短絡的で、情けない人物であることがわかります。

処刑されそうになったのも元はといえば自身の迂闊な行動のせいであり、さらに、妹の結婚式のため、という個人的な願望のために友人を人質に差し出すという身勝手さは、とても「勇者」とはいえないものです。

人一倍強い正義感や、愚かしいほどの実直さのほかに、美徳はないといってもいいでしょう。

太宰は、国内外問わず古い小説や詩を下敷きに改変小説を多く書きましたが、勇敢な人物、清らかな人物にこそ欠点を書き加え、人間味を感じさせる描写をしました。

本作のメロスも例に漏れず、欠点も描写することで人間味あふれる人物となっています。

しかし、本作におけるメロスの人物描写の意図は、それだけでないように思われるのです。

メロスの実直さは太宰が自身の欠点と自覚していたところであり、人一倍、憧れや尊さを感じていたのではないでしょうか。

あえて彼の欠点を描き込んだのは、唯一の美点である実直さを際立たせる演出のようにも感じられます。

太宰の代表作といえば、本作のほかに挙げられるのは『人間失格』でしょう。

晩年に執筆されたこの作品にも、物語の重要な場面でヨシ子という実直な少女が登場しています。

彼女は「信頼の天才」と形容され、主人公·葉蔵はその純朴さに心慰められる様子が描かれているのです。

『人間失格』では残念なことに、彼女がその無垢さゆえに暴漢に犯され、葉蔵を深く絶望させることになってしまいますが、太宰が死の間際までその愚かしいほどの実直さに強く焦がれていたことは間違いないように思われます。

生きづらさを描いたものが多い太宰作品のうち、『走れメロス』は真正面から希望を描いたという点で、やはり異色の作品といえるでしょう。

大人になって読み返してみると、十代のときには気づけなかった勇者の欠点が見えてくる分、彼のまっすぐさに、よりいっそう純粋な輝きを見出せるような気がします。

以上、『走れメロス』のあらすじ、考察と感想でした。

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キノウコヨミ

早稲田大学 文化構想学部 文芸・ジャーナリズム専攻 卒業。 主に近現代の純文学・現代詩が好きです。好きな作家は、太宰治・岡本かの子・中原中也・吉本ばなな・山田詠美・伊藤比呂美・川上未映子・金原ひとみ・宇佐美りんなど。 読者の方に、何か1つでも驚きや発見を与えられるような記事を提供していきたいと思います。