『湯屋番』の紹介
『湯屋番』は江戸時代に作られた滑稽噺。道楽が過ぎて親から勘当された若旦那は、落語にしばしば登場します。
「湯屋番」の若旦那もその一人です。
特にこの若旦那は、とんでもない女好き。
それが高じて若旦那は、すぐに艶っぽい妄想をつくれてしまうという、とてつもない“特技”を身に付けていました。
湯屋の奉公人になって初めて念願の番台に座った若旦那は、その特技を存分に発揮します。
次から次へと膨らんでいく若旦那の妄想は全開状態。
さらに、妄想につられて動きも付いた若旦那の一人芝居が加わり、歌舞伎の名調子も入って、見ている男湯の客は大喜び。
誰もがリラックスできる場である「湯屋」を舞台に繰り広げられる若旦那オリジナルの妄想話しは、奇想天外。
笑えて、くつろげて、とても幸せな気分になれます。
ここでは、『湯屋番』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『湯屋番』ーあらすじ
道楽者の若旦那、遊び過ぎて実家から勘当されてしまった。
出入りの棟梁の家に居候をしていたが、寝て食ってゴロゴロしているだけ。
若旦那を追い出しなさい!とおかみさんから注文をつけられた棟梁は、思案の末、若旦那に湯屋へ奉公に出るよう勧めた。
すると、湯屋なら番台に座って女湯が覗ける!と思った若旦那、もう何が何でも湯屋で働きたいと言い出した。念
願かなって湯屋で働くことになった若旦那は、湯屋の主人にいきなり「番台に上がりたい」とおねだりする。
初心の者はダメだと言われたが、粘りに粘った若旦那、憧れの番台に上がることができた。
ところが、番台から見渡すと男湯は満員なのに女湯はカラッポ。
ガッカリした若旦那は、すぐに気持ちを切り換えてお得意の妄想に耽り始めた。
目を閉じると自分に都合のいい妄想が浮かんでくる。
「どんな女が湯に入りに来るかな?そうだ年増のお妾さんにしよう。『まあ、新参の番頭さん、若くて粋がいいわね』なんて言っておれを流し目に見る。ウフ、うれしいなあ!」
若旦那が番台に座ったまま一人でしゃべって、一人で恥ずかしがっている。
「これは面白そうだ!!」と、男湯の客たちが若旦那の一人芝居の様子に目をつけた。
若旦那の妄想は膨らんでいく。「お妾さんの家の前をおれが通りかかると、家の中に入るようにと誘ってくる。お座敷に通されて、お妾さんとおれの二人で差し向って盃のやり取りを繰り返す。
グイッと飲んで盃洗でゆすいだ盃に返し酌をする。
すると年増女(お妾さんが)すごいことを言った。『兄さん、いまの盃、ゆすがなかったのよ、わかってますよね』」
番台をじっと見ていた男湯の客「あの番台野郎、もお~たまらないっていう顔を叩いて叫んでいるぞ。 面白い、もう少し見ていようじゃないか」
若旦那の妄想が激しさを増していく。
「酔いが回ってきた二人。雨が強くなってくる。そこに雷が鳴り始めた。ガラガラガラ、ガラガラガラッ。『蚊帳へ入りましょ。わたし怖いからあなたも一緒に蚊帳の中へ来て~!』 雷がガラガラ、ドッシーンと近所に落ちた! 驚いて女は気を失った」
男湯の客たちが笑ってる。「あのバカ野郎、番台からドっシーン、転げ落ちちゃったぞ!」
「お妾さんが気絶してしまったから、わたしが盃洗の水を持って口から口への口移しだよ! するとお妾さんが目を覚まして(歌舞伎調で)『まあ、今の水のうまかったこと。雷さまは怖けれど、あたしのためには結ぶの神』、『それならいまのは空癪(仮病)か?』、『うれしゅうござんす、番頭さん!』」
番台での若旦那の妄想一人芝居が幕を閉じ、我に返った男湯の客。
「おれの下駄がない」「それ履いて帰りなさいよ」「じゃあ、次ぎからはどうするんだい?」
まだ夢見心地の若旦那がオチをつけた。「順々にはかして、一番しまいは、はだしで帰します」
『湯屋番』ー概要
主人公 | 大店の若旦那 |
重要人物 | 年増女、男湯の客 |
主な舞台 | 江戸時代 |
ストーリー | 親から感動された道楽者の若旦那、湯屋で働くことになったが、女湯が見れる番台にねらいをつけて、他の仕事は嫌だと強行に断った。念願かなって番台に上がると女湯はカラッポでガッカリ。その代わりにお得意の色っぽい妄想に耽り始め、男湯の客を巻き込みながら妄想芝居を繰り広げていく。 |
『湯屋番』―解説(考察)
『湯番屋』の面白さ
憧れの番台に上がったものの、女湯はカラッポだった
「女湯を覗きたい」という男の誰もが抱く願望を実現しようと、憧れの番台に上がってワクワクしていた若旦那。
実際に覗いてみれば女湯には誰もいません。もうガッカリ。
そこで男湯を見ると、なんと大盛況。
しかも、いかにも汚らしくて不格好な男ども裸が群れをなしている有様を見て、さらにガッカリ。
願望をくじかれた若旦那の度重なる不運は、みんなの笑いを引き起こしました。まさに他人の不幸は密の味。
若旦那、番台から転げ落ちる!
空想ではあっても年増女ともっと密着したいなと頭の中で願った若旦那。
そうだ!雷を鳴らせば女は怖がって俺に抱き着いてくるだろうと、またもや勝手な妄想に入りました。
番台に上がっている若旦那は雷を落とす場面になると、自分の身体も下へ降ろす動作を繰り返し始めます。
すると、足が滑って番台から転がり落ちました。
番台の一人芝居を見物していた連中はみなビックリ仰天。
昭和三十年代に、六代目春風亭柳橋は若旦那が番台から落ちるところをリアルに演じて、実際に高座から客席に転げ落ちて大いにウケをとっていたといいますから凄いです。
その熱演ぶりはどのようなものだったのでしょうか。興味深いエピソードです。
『湯番屋』の見どころ
・あまりに能天気で図々しい若旦那
「女湯が覗けるから」という何とも不純な動機で湯屋に興味を抱いた若旦那。
湯屋に行ってみると、外回りの力仕事から始めてくれと言われ、早くも嫌気がさして何もやろうとしません。
私ができるのは色っぽいこと、女性と一緒にできる仕事だけと言い張る始末。
ここまで自己主張が強い日本人は、今でもなかなかいません。
番台なら女性と楽しく会話できるし、湯屋に来るお客を盛り上げることができます。
番台やらせてください、やれます、やります、なんとでもします。
こんなことを言ってのける若旦那、湯屋の主人からは“ひどい変人がやってきたもんだ”と思われていました。
こんな変人だからこそ、番台に上がって一人芝居をして湯屋に賑わいをつくり出せたのかもしれません。
・若旦那の一人芝居を喜んで見る男湯の客たち
番台で妄想に夢中になっている若旦那。
“ねえ、お上がりなさい”って自分の腕を引っ張って一人芝居をやり始めます。
これに気が付いた男湯の連中、番台の妄想一人芝居を観劇。 みんなで“若旦那一人劇場”を堪能します。
やがて妄想劇はラストシーンに近づき、年増女が失神。若旦那が口移しで水を飲まします。
目を覚ました年増女はうれしさのあまり、歌舞伎の名調子で「うれしゅうござんす、番頭さ~~~ん」
男湯の観客には、興奮のあまり軽石で顔をこすって血だらけになった者もいます。
現代では理解しにくい点&小ネタ
・江戸時代の湯屋
戦乱が治まった江戸時代、湯屋は庶民の社交場としても大いに賑わいました。
浴室が男湯、女湯に別れている湯屋はむしろ少なく、男女兼用の混浴風呂が一般的でした。
しかし、風紀上の問題からたびたび混浴禁止令が出され、男女別の風呂が多くなっていきます。
男女が別になると、むしろ異性を意識するのは人間の性。
そういったところから、「湯屋番」のような妄想に満ちた艶っぽいお話しがつくられるようになってきたのでしょう。
・蚊帳と雷
蚊帳は、蚊などの虫から人を守るための網です。
昭和の時代が終わる頃までは寝室を覆うものとして、主に夏の時期に使われていました。
蚊帳と雷の関係については、昔は雷が鳴ると蚊帳の中に逃げ込むという習慣がありました。
蚊帳に入ればおのずと部屋の真ん中部分に居ることになるので、雷の電流を避けるためには理にかなった行動だったようです。
・「湯屋番」で語られた特徴ある小ネタ
思わず笑えた小ネタを紹介します。
・十階の身の上
若旦那は居候の身となり、出入りの棟梁の家の二階にやっかいになっている。
二階にやっかい(八かい)だから、しめて「十回の身の上」という。
これは居候噺の定番ネタですが、いつ聞いても心地よく耳に入ってきます。
・お尻でコオロギを飼う
男湯は大盛況で群れをなしている。
番台から見ると、どれも汚い尻ばかり。
その中にお尻が毛むくじゃらの男がいた。
尻にビッシリ密集して毛が生えている。「あそこでコオロギ飼おうかと思ってるのかい!」
『湯屋番』ー感想
・若旦那は妄想の達人です
「湯屋番」の若旦那が耽る妄想は、自分が好きなこと、楽しいことばかりです。
自分勝手な妄想だと批判する人もいるかもしれませんが、他人を傷つけるようなネガティブさは全くありません。
マイナスの想いを持たず、いつも明るいことを想えるのは、もうそれだけで凄い才能を持った人物だと思います。
普段は仕事が嫌いでぐうたらしているダメ男なのに、そういった優れた一面があるというのには、救われる思いです。
・歌舞伎のような名調子のところは聞き応えあります
若旦那が繰り出す妄想の最後のところで、年増女と若旦那の会話が歌舞伎の名調子風になっていきます。
上手な噺家がこの部分を演じるととても話しが引き立ち、これ聞いてよかったと思えます。
この部分で私が好きな噺家は、六代目三遊亭円生、十代目桂文治、林家正雀。それぞれが味わい深い独特な演じ方をしています。
以上、「湯屋番」についての記事でした。