『牛ほめ』の紹介
『牛ほめ』は古典落語の一つ。 原話は、貞享4年(1687年)に出版された笑話本・『はなし大全』の一遍である「火除けの札」。
元々は「池田の牛ほめ」という上方落語の演目で、主な演者に5代目春風亭柳昇や4代目春風亭柳好、春風亭一朝、上方の4代目桂文我などがいます。
ここでは、『子ほめ』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『牛ほめ』ーあらすじ
いつもぼーっとしている与太郎に、与太郎の父がお説教をしています。
「お前、最近近所でなんて呼ばれてるか知ってるか?バカバカって呼ばれてるんだぞ」
与太郎の父は嘆いています。
「『与太は元気かい?』て言ってくれた左平叔父さんまで近頃は『あのバカ元気かい?』って言い出してわしも恥ずかしいよ。」
「この前、叔父さん家を新築しただろ?わしも普請見舞いに言ってきたが立派な家だ。叔父さんの家を褒めてきて、名誉挽回してこい。」
でも与太郎、家の褒め方がよくわかりません。
「昔から家の褒め方なんてきまってる。わしが一言一句教えてやるから覚えていくんだ。」
「たいそう結構なうちでございます。家は総体檜造り。天井は薩摩の鶉目でございます。左右の壁は砂摺りでざいましょう。畳は備後の五分縁、庭は総体御影造りでございます。」
「与太、覚えたか?」
与太郎、すでに全部の言葉を忘れています。
「仕方ないやつだな、全部紙に書いてやるから忘れたら叔父さんに見つからないように見るんだ。」
「あとここが大事だ。叔父さんの家の台所の柱に節穴がある木が使われてるんだ。大工がすっかり節を見落としていたようだが、叔父さん穴をひどく気にしててな。そこでわしがいい方法を教えてやろうかと思ったんだが、お前に言わせようと思って叔父さんには何も言わずに帰ってきたんだ。」
「与太、お前家を褒めに行ったら台所に行って節の事を言うんだ。そしたら叔父さんは穴を気にしている、って必ず言う。そこでお前が『穴には秋葉様の御札をお貼りなさい。』と言えばいい。台所だし火伏せの御札が貼ってあってもおかしくない。そしたら叔父さん喜んで、お小遣いの一つでもくれるだろう。」
お小遣いと聞き、与太郎は俄然張り切って左平叔父さんの家に出かけます。
「叔父さん、こんちわ!今日はお日柄もよく、いい普請見舞い日和ですね。」
「おっ?言葉はおかしいが、ちゃんと挨拶できてるじゃないか。ばあさん、お茶でも出してやってくくれ。今日は家を見に来てくれたのか?」
「うん。家を褒めにきた。」
「そうかじゃあ褒めてくれるか?」
与太郎は紙に書いた褒め言葉をチラチラ見ながら話し出します。
「ええっと、うちは総体ひのき造りでございます!」
「お、いいこと言ってくれるじゃないか。そうだよ、この家は全部ひのきだ。」
「ええっと・・・天井はサツマイモとうずら豆でございます。」
「薩摩のうずら木目だ。」
「左平のかかあは引き釣りだ。」
「おいおい、そんなことばあさんに聞かれたら大事だ、なんてこと言うんだよ。左右の壁は砂摺りだ、だろ?」
「そうとも言う。」
「そうともって・・・。まだあるのかい?」
「畳は貧乏のボロボロボロでございます。」
「いい加減怒るぞ。備後の五分縁だ!」
「お庭は総体見掛け倒しでございます。」
「・・・御影づくりだよ。」
叔父さんいい加減呆れ顔ですが、全く気にしない与太郎。
「叔父さん、台所も褒めてやるよ。」
「台所も見てくれるのかい。」
与太郎、父に言われたとおり柱を探します。ありました、節穴の空いた柱です。
「叔父さん、あの柱節穴が開いてるね。」
「そうなんだ、あの穴が気になっていてね。大工が見落として節のある柱を使ってしまったんだ。物知りのお前の親父に、なんとかならないか聞いても案はないって言うし。弱っちまってるんだ。」
「叔父さん、気にしなくていいですよ。あの穴には秋葉様の御札をお貼んなさい。火の用心になります。」
「秋葉様の御札・・・?そうだ!どうしてそれを思いつかなかったんだろう?台所だし秋葉様の御札が柱に貼ってあってもおかしくない。与太郎、お前良いこと言うなあ。折角家を見に来てくれたし、おいばあさん、与太郎に小遣い包んでやってくれ。」
「叔父さん、牛もほめてやろうか?」
「牛も褒めてくれるのか、嬉しいね。牛はこっちだ。」
「これが牛かあ、すごく小さいね。」
「それは犬だ。」
「道理でワンと鳴くわけだ。」
「牛と犬の見分けもつかないのかい。困ったやつだ。さ、牛はこっちだ。」
「わ、これが牛かい?大きいねえ。」
「そうだろう、みんな立派な牛だと褒めてくれるんだよ。」
「あ、お尻から糞した。汚えなあ。あ、お尻に穴が開いてるよ。叔父さん、あの穴気になるだろ?ないほうが良いだろ?」
「何言ってるんだ。尻の穴がなかったら死んじまうだろ。」
「いやいや、叔父さん気にしなくていいよ。」
「牛の尻の穴なんて気にしてないよ。」
「またまた、強がって・・・」
「だから気にしてないって。」
「あの穴には秋葉様の御札をお貼んなさい。」
「何言ってるんだ!バチが当たるよ。」
「穴が隠れて、屁の用心になります。」
『牛ほめ』ー概要
主人公 |
与太郎 |
重要人物 |
左平叔父さん |
時代背景 |
江戸時代 |
舞台 |
叔父さんの新築の家 |
出典 |
笑話本・『はなし大全』の一遍である「火除けの札」。 |
『牛ほめ』解説ーサゲ
「穴が隠れて、屁の用心になります。」
台所の柱の節穴を気にする叔父さんに「秋葉様の御札をお貼りなさい。そうすれば火の用心になります。」と言って褒められた与太郎。
同じ「穴」なら牛のお尻の穴にも秋葉様の御札を貼れば隠せる、と考えた与太郎。ただ、当たり前ですが叔父さんは牛のお尻の穴は気にしていません。
「気にするな」「気にしていない」という応戦が続き牛のお尻の穴にも「秋葉様の御札をお貼んなさい。」と言った与太郎。
でも牛のお尻に神様の御札を貼るなんてとても失礼なこと。叔父さんは「バチが当たるよ」と言いますが、穴を隠して褒めてもらえればまたお小遣いがもらえる、と思った与太郎は「屁の用心になります。」と答えます。
さっき柱の穴に「秋葉様の御札をお貼りなさい。」といった時は「火の用心になります。」と答えています。「火の用心」と「屁の用心」をかけているサゲですね。
『牛ほめ』―小ネタ・現代では理解しにくい点・豆知識
・「秋葉様の御札」
秋葉様は東日本各地にある「秋葉神社」のこと。火事から家を守ってくれる神様として有名で、火を使うことが多い台所に御札を貼る家庭が多かったです。
西日本では「愛宕神社」の御札が火伏せの神様として有名です。
・節穴
節穴は板に空いた穴のことです。
製材して木を板にした時に、枝の部分が取れて板に穴があいてしまうことがあります。
今は無垢材をむき出しにした家はあまり見られませんが、昔の家では壁や床でよく見られました。
・総体ひのき造り
家のすべてがひのきで造られている、ということ。
ひのきは高級木材だったので「総体ひのき造り」の家は立派な家だともてはやされました。
・備後の五分縁
備後は現在の岡山県。ここで採れるい草(畳を編む草)は最高級品として知られています。
五分縁は畳の縁のことで、通常の縁の半分の幅です。
見た目がスッキリしますが、縫い方が難しいため畳職人の技術が試されます。
・左右の壁は砂摺り
漆喰と砂を混ぜて塗った壁のこと。
・左兵衛のかかあは引き釣りだ
「ひきずり」は売春婦のことです。なかなか思い切ったことを言っていますね。
・天井は薩摩のうずら木目
薩摩は現在の鹿児島県のことです。
「うずら木目」というのは屋久島の屋久杉から取れる、木材の別称。
屋久杉の杢目がうずらの羽の模様に似ていることからこう呼ばれています。
・お庭はすべて御影づくり
御影、は御影石のこと。
御影石は兵庫県の灘区、御影で採石された花崗岩をそう呼んだことが名前の始まりです。
灘以外でも全国で採石されますが、堅硬で美しい外観を持つため建築用としてよく用いられています。
『牛ほめ』ー感想
牛のお尻の穴が出てくるこの噺。
子どもたちに大人気で、学校寄席では必ずこれ、という噺家さんもいます。
「左平のかかあは引き釣りだ」なんていう大人でもわからない言葉も入っていますが、意外と子供達は大爆笑。
「総体ひのき造り」など家を褒める言葉も今の子供達には馴染みない言葉ですが、現に我が家の小2の娘は言葉の意味もわからず笑っています。
前座噺だけあって、落語初心者の方も聞きやすい噺でおすすめです。