『出来心』の紹介
『出来心』は古典落語の演目の一つ。
江戸・上方とも演じられる演目ですが、東京ではサゲによって『出来心』『花色木綿』と演目名が変わります。上方は『花色木綿』と言われることが多い噺です。
元話は文化5年に刊行された十返舎一九『江戸前噺鰻』所載の「ぬす人」。
ここでは、『出来心』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『出来心』ーあらすじ
石川五右衛門やねずみ小僧など有名な泥棒は手際よく盗みに入りましたが、落語に出てくる泥棒は間抜けな泥棒が多いようで・・・
「親分、およびですか?」
「ああ、話は他でもない。お前、泥棒に向いてないんじゃないか?真面目にやるならもうしばらく面倒みてやるが、少しは褒められるような仕事をしたらどうだ?まずはお前にあった、こじんまりした家からやってみろ」
「へえ、ですから近所にこじんまりした家を見つけました。」
「近所にそんな家あったか?で、どうだった。」
「いえ、入りませんでした。」
「なんでだ?」
「へえ、交番だったんで。」
「馬鹿野郎!交番に入ろうとするやつがいるか!仕方がない、お前には空き巣を教えてやる。留守の家を見つけて盗みに入るんだ。」
「留守の家に入るなんて、親分もたちが悪い。」
「ばか。どろぼうなんてたちの悪いもんだ。まず留守らしい家を見かけたら、ごめんください、て言って返事がなかったら中に入るんだ。でも気をつけろ、実は人が家にいることもる」
「そうなったらどうするんですか?」
「泣き落としをつかうんだよ。申し訳ありません。長いこと仕事もなくて、7つを頭に子供が5人、80歳のお袋もいて薬を買う金もありません。まずしさゆえのほんの出来心でございます、て言えばたいてい許してくれる。」
「もしくは、こちらは何屋何兵衛さんのおうちですか?て適当に名前作って人探しのふりをすればいい。」
間抜けな泥棒はさっそく留守らしい家に入りますが、中に人がいました。
「ちぇっ人がいたよ、すみません、何屋何兵衛さんのお宅はどちらでしょうか?」
「何屋何兵衛なんて変な名前の人なんて知らないよ。」
「ですよね、そんな変な名前おれも知らない。さよなら!」
何軒か留守らしい家に入ろうとしますが、どこも人がいて中々空き巣が成功しません。
「お、小汚い長屋だけど人の気配がしないね。ここに入ってみよう。」
お腹が空いていた泥棒は、勝手に土鍋に入ったおじやを食べながら室内を物色します。
「本当になにもない貧乏長屋だね。あ、ぼろぼろのふんどしが干してある。これを頂いて帰るしかないかな。あ、誰か帰ってきた!」
泥棒は縁の下に隠れます。
「ああ、いい湯だった。あれ?戸が開いてるよ、でっかい足跡もある。あ、ふんどしもおじやもない!こりゃ空き巣だね。あ、待てよ、今月の家賃を取られたことにしよう。そしたら払えない理由になるもんな。いやあ、良いところに空き巣が入ってくれたもんだ。大家さん!大家さん!空き巣!泥棒だよ!」
「うるさいねえ、八さん。お前の家に取られるものなんてないだろ?」
「それが入ったんですよ。やったー!」
「喜ぶやつがいるか、何を取られたんだ?」
「それが家賃を・・・だから今月分は待ってほしいんです。」
「それくらい待つが・・・盗難届を出さないといけない、書いてやるから取られたものをいってごらん」
「えっと、確かなところだとふんどし。」
「ふんどしなんて書けるか。もっと重々しいものは取られてないのかい?」
「重々しい・・・漬物石とか?」
「その重いじゃないよ。何か金目のものとかないのかい?」
「金の茶釜とか?」
「そんな立派なもの盗られたのかい?」
「持っていないから盗られることもない。」
「持っていないものを言うなよ。じゃあ何か着るものは取られていないかい?」
「うーん、ふとんとか?」
「どんなふとんなんだい?」
「大家さんのはどんなふとんですか?」
「うちか?うちは表はからくさ文様で裏は花色もめんだ。」
「うちのもからくさ模様と花色もめん。」
「他に盗られたものは?」
「黒羽二重の羽織だね。」
「裏はどんなのだ?」
「花色もめん」
「他は?」
「はだか帯」
「博多帯だろ?」
「そう博多帯、で裏は花色もめん。」
「帯に裏も表もあるかい。他には?」
「蚊帳も盗られた。裏は花色もめん。」
「お札も盗られた。裏は花色もめん。」
これには泥棒も笑いがこらえきれず、縁の下で大笑い。八五郎と大家さんに見つかってしまいます。
「ああ、おかしい。何かって言うと裏は花色もめんだ。アッハッハ!」
「あ、お前ふんどしとおじやを盗った泥棒だな!」
「ええと、今仕事がありませんで、80歳を頭に5人の子供がいて、7歳の母が寝たきりで・・・」
「それじゃ、あべこべだよ。」
「貧しさゆえのほんの出来心で・・・。大家さん許してくださいよ。」
「まあ何も盗ってないなら許してやってもいいが・・・。それより八五郎!なんだあんなに嘘ばっかり言って。」
「ハイ、ほんの出来心でございます。」
『出来心』ー概要
主人公 | まぬけな泥棒 |
重要人物 | 八五郎・長屋の大家 |
主な舞台 | 裏長屋 |
『出来心』の面白さ
泥棒の親分ー間抜けな泥棒/大家さんー八五郎との斜め上を行く会話
話の冒頭で、間抜けな泥棒と説教をする親分のとんちんかんな会話が見られます。
「こじんまりした入りやすそうな家を見つけてこい」「見つけてきましたが交番でした」
「泥棒には向いてないから空き巣に入れ」「留守の家に入るなんてたちが悪い」
など、親分が泥棒のためにアドバイスしているのに、ことごとくずれた返答をしているところが面白いですね。
泥棒に入られた長屋の八五郎と盗難届を書いている大家さんの会話もちぐはぐです。
盗られていない物を盗られたことにしようとする八五郎。
ただ、大家さんが言う「重々しいもの」などの意味がわからず、とりあえず思いついた重そうなものが「漬物石」。
大家さんのいう重々しいものは値段の高そうなもののこと。誰も漬物石なんて取りませんよね。
次は「金目の物」と言われ「金の茶釜」といい出します。そして、
「持っていないから盗られない。」と答えます。
盗難届を書くために、盗られたものを聞かれているのに、知っている「金目の物」を適当に答えたため、会話が成り立っていません。
花色もめん
花色もめんとはツユクサで染めた青系の色の木綿のこと。
大家さんの布団が「表はからくさ文様で裏は花色もめん」と聞き、自分も同じふとんだ、と言いますが八五郎はおそらく持っていないでしょう。
とりあえず大家さんと同じものなら良いものだろうし、盗難届に出す品としておかしくないだろう、と考えて自分も同じふとんだ、と言ったかもしれません。
ふとんの裏が青いのはわかりますが黒羽二重や裏表のない博多帯、蚊帳やお札までが「花色もめん」と言い出したので、これには泥棒も大笑いです。
あべこべ
間抜けな泥棒は親分から、
「長いこと仕事もなくて、7つを頭に子供が5人、80歳のお袋もいて薬を買う金もありません。まずしさゆえのほんの出来心でございます、て言えばたいてい許してくれる。」と教わりその通りに言おうとしますが、「今仕事がありませんで、80歳を頭に5人の子供がいて、7歳の母が寝たきりで・・・」と言ってしまいます。
おそらく泥棒の歳は30代か40代でしょう。にもかかわらず、自分の子供が「80歳を頭に5人の子供」だと子供のほうが年上になってしまいます。
「7歳の母が寝たきりで」も自分より母親のほうが若くなってしまってあべこべですよね。
出来心
空き巣に入った泥棒は「ほんの出来心で・・・」と謝り、ふんどしとおじやしか盗んでいないことから、大家さんからも許してもらいます。
しかし、そんな大家さんは嘘ばかり言った八五郎にを「嘘ばかり言って」と叱ります。
それに対して八五郎は、「ハイ、ほんの出来心でございます。」と泥棒と同じ事を言います。
おそらく大家さんは呆れ、泥棒は大笑いしたことでしょう。
『出来心』ー感想
出来心は、泥棒の親分と間抜けな泥棒/大家さんと八五郎の会話が面白い噺です。
噺後半の「花色もめん」を繰り返す箇所などは、テンポがいいので思わず笑ってしまします。
しかしこの噺、微妙にわかりにくいと言われています。
難しい言葉が出てくるわけではないのですが、今では馴染みのない「花色もめん」や「黒羽二重」「博多帯」がキーポイントだからです。
博多帯は博多で織られている帯で、ハリのある生地が特徴です。
ぎゅっと締めると緩みにくいことから、江戸時代には重い刀を腰に刺す武士もよく使っていたそうです。
そして裏も表も同じ色・模様なので「裏は花色もめん」なんていう博多帯はありません。しかも高級品。
貧乏長屋の八五郎が持てるようなものではありません。黒羽二重もそうです。
とても貧乏長屋の八五郎が買えるものではなく、聞いたことはあるけど本物を見たことない八五郎が、「裏はなんでも花色もめんでよかろう。」と思い、大家さんに答えているんです。
子供向けの学校寄せでは「花色もめん」の部分を省略して、「長いこと仕事もなくて、7つを頭に子供が5人、80歳のお袋もいて薬を買う金もありません。まずしさゆえのほんの出来心でございます。」を中心に、あべこべをサゲにしている噺家さんもいます。
とても有名な噺ですが日本の着物文化が身近でなくなってきたため、演じられることが少なくなってきた噺でもあります。