『ダス・ゲマイネ』佐竹と太宰・主人公と馬場の対立構造とは?

『ダス・ゲマイネ』の紹介

『ダス・ゲマイネ』は太宰治の小説です。

意味はドイツ語で「通俗性」や「卑属性」で、作中では「卑属性」の意味合いが強いです。

ここでは、そんな『ダス・ゲマイネ』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。

『ダス・ゲマイネ』―あらすじ

1.主人公は恋をしていました。

しかし恋する女は金のかかる女で、金のないときには、恋する女に良く似た菊という女の子のいる甘酒屋を訪れることにしていました。

主人公はその甘酒屋で奇妙な男と出会います。

シューベルトに化け損ねたキツネのような顔をした、馬場というヴァイオリニストの男です。

主人公と馬場は日ましに仲良くなっていきました。

馬場は己の手柄話を様々聞かせるけれど、主人公は彼の才能についてあまり信じる気にはなれませんでした。

しかしどのような理由か、主人公は馬場にひきつけられていたのです。

その後、恋した女に逃げられた主人公は「佐野次郎」というあだ名をつけられ、死のうというところまで追い込まれます。

そんなときに馬場から、一緒に雑誌を作らないかという手紙が送られてきます。

2.主人公と馬場は雑誌を作るという熱に浮かされ、二人揃えば具体的なプランについて語り合うようになりました。

仲間は芸術の際を持つこと――このプランによって馬場は主人公に、佐竹六郎という才能ある絵描きを紹介しました。

それから56日後、偶然にも佐竹と出会った主人公は「馬場は出鱈目ばかりだから、彼をあまり信じすぎない方が良い」という忠告を受けます。

3.それから三日後、馬場は佐竹と、太宰という若い作家をつれて主人公の下宿を訪れました。

雑誌の打ち合わせをしようと言うのです。しかし馬場は太宰と酷い口論になり、「僕は雑誌をやめる」と言って太宰を殴ってしまいます。

その後主人公と二人きりになった馬場はぽつぽつと語り始めます。

「雑誌なんてはじめからやる気はなかったのだ。君のことが好きで、つなぎ止めて置きたかったからこのような話を持ち出したのだ」

独白を続ける馬場を置き、主人公はふらりと雨の降る外へ飛び出していきます。

自分というものが分からなくなった主人公は、出鱈目な詩を口ずさみ、それが自らの創作なのだと考えを巡らせ、電車にはねられて死亡します。

『ダス・ゲマイネ』ー概要

主人公 佐野次郎
物語の重要人物 馬場
主な舞台 上野公園周辺
時代背景 近代
作者 太宰治

『ダス・ゲマイネ』―解説

・物語に込められた意味は何か?

この小説は、

自我がない者はなにかの代わりを欲して生きるしかない。

ということを暗示している作品であると読み解くことができます。

まず、内容を整理するために人間関係について整理していきましょう。

雑誌づくりのために集まった、

  • 主人公
  • 馬場
  • 佐竹
  • 太宰

この四人の中に、自我がある者とない者との対比を見つけることが出来ます。

自我のある太宰と佐竹

まず、分かり安いのが太宰と佐竹でしょう。

馬場についての忠告を主人公に与える際、佐竹が、

「僕はビアズレイでなくても一向かまわんですよ。懸命に画をかいて、高い価で売って、遊ぶ。それで結構なんです」(ビアズレイ=天才画家)

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

といいます。

馬場との口論においては太宰が、

「けれども、僕は生きて行かなくちゃいけないのです。たのみます、といって頭をさげる、それが芸術家の作品のような気さえしているのだ」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

というのです。

このような台詞から分かるように、太宰と佐竹は、己の芸術を社会に対して売ることに納得しています。

芸術を作ることが自己表現の一種であると考えると、社会に対して自己を示して生計を立てている人、ということができるかもしれません。

自我のない主人公と馬場

これに対して、主人公と馬場はどうでしょう。

主人公は物語中で、あまり強く自己主張をしている場面がありません。

また、馬場との関係についても、

「つまりそのころの私は、さきにも鳥渡言って置いたように金魚の糞のような無意志の生活をしていた」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

のだと述べています。

馬場は雑誌づくりについて太宰と口論になった際、

「僕は、やめる。僕はひとの食いものになりたくないのだ」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

と言っています。

また、その後主人公に対し、

「雑誌なんて、はじめから、やる気はなかったのさ。君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ」(海賊=馬場達が作ろうとしていた雑誌の名前)

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

このように、主人公と馬場は雑誌を作ろうという目標を掲げてはいたけれども、そこには全く別の理由が存在していたことが分かります。

主人公は馬場に釣られて、馬場は主人公をつなぎ止めて置きたいために、と理由はそれぞれですが、お互いがお互いのことを意識して雑誌づくりに取り組んでいたようです。

これは自我のない状態であると言うことができるでしょう。

上記のように、雑誌づくりに集った四人組の中で、

  • 自我のない人間:主人公、馬場
  • 自我のある人間:佐竹、太宰

と対立構造が出来ていたことが分かりました。

このような分類上の共通点の他に、主人公と馬場には、もう一つの共通点があるのです。

それが、何かの代替品を手にしている、ということです。

主人公と馬場の共通点

主人公は娼婦の女に恋をしていました。

しかし、彼女によく似た菊を眺めることで心を慰めていたのです。

これは、物語冒頭の、

「その甘酒屋にちょいちょい立ち寄ったわけは、その店に十七歳の、菊という小柄で利発そうな、眼のすずしい女の子がいて、それの様が私の恋の相手によくよく似ていたからであった」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

という一文から読み取ることができます。

主人公にとって菊は娼婦の女の代わりを果たしていたわけです。

そして、主人公の存在は馬場にとって、世間からの注目の代わりであったと考える事が出来ます。

これは、馬場が主人公と出会った際に言った、

「僕はよくここにこうして坐りこみながら眼のまえをぞろぞろと歩いて通る人の流れを眺めているのだが、はじめのうちは堪忍できなかった。こんなにたくさんひとが居るのに、誰も僕を知っていない、僕に留意しない、そう思うと」

という台詞から、本当に望んでいたことを読み取ることが出来ます。

そして、主人公という代わりについては物語後半の台詞。

「君が海賊の空想に胸をふくらめて、様様のプランを言いだすときの潤んだ瞳だけが、僕の生き甲斐だった。この眼を見るために僕はきょうまで生きて来たのだと思った。僕は、ほんとうの愛情というものを君に教わって、はじめて知ったような気がしている」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

という台詞から読み取ることが出来るでしょう。

以上のように、主人公にとっての菊は主人公が恋をしていた女の代替品であり、馬場にとっての主人公は自分に見向きもしない世の中への代替品であったのです。

このように、自我のない人間であった主人公と馬場は、なにかの代わりを探さなければ生きられなかったことが分かりました。

他人の評価に寄らず怯えず、自己表現をしていける力がなければ、ほんとうのなにかは得られない、という意味がこの作品には込められているのです。

ダス・ゲマイネとはどういう意味か?タイトルが示すテーマ

「ダス・ゲマイネ」の意味は「平均」ですが、太宰は「卑俗」の意味で使っています。

それが分かるのは、太宰のエッセイ『もの思う葦』からです。

シルレルはその作品に於いて、人の性よりしてダス・ゲマイネ(卑俗)を駆逐し、ウール・シュタンド(本然の状態)に帰らせた。(中略)「ダス・ゲマイネ」「ダス・ゲマイネ」この想念のかなしさが、私の頭の一隅にこびりついて離れなかった。

太宰治『もの思う葦』青空文庫

ここから、太宰が使用したダス・ゲマイネは卑俗という意味を持っていると分かります。

では、ダス・ゲマイネの意味する「卑俗」とはどのような意味なのでしょうか。

旺文社の国語辞典をあたってみると、このように出てきます。

「卑俗:(態度や言葉づかいなどが)いやしく下品であること。また、そのさま。」

山口明穂ほか『国語辞典 小型版』,旺文社,第十一版

つまり、太宰の考えて居た「ダス・ゲマイネ-卑俗」とは、

「世間一般の人がもついやしく下品な(また、あからさまな欲望のためにみっともない)感情のこと」

を意味していると考えることができます。

これを作品に見てみましょう。

  • 誰かに認めて欲しいという自己愛のために方々に嘘をつき続けていた馬場。
  • 自分たちはこいつらとは違うという努力差別的な意識を隠そうともしなかった佐竹と太宰。
  • 「なんというだらしなさ! 頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ。」と叫び死んでいった主人公。

 

人間の持つ普遍的な卑俗さを、登場人物全員が持っていることが分かります。

以上のことから、『ダス・ゲマイネ』という物語は、「人間の持つ卑俗性」がテーマになっていると考えられるでしょう。

『ダス・ゲマイネ』―感想

特に難しいことは書いていないのだけれど、大変読み解くのが難しい小説です。

読むのは簡単でも理解が難しい、というのは太宰治らしいですね。

死のイメージは一貫して濃厚に感じられるけれど、「暗くない」という点では、人間失格で太宰治に苦手意識を持った方で読みやすいのではないでしょうか。

それから、人物描写や台詞の掛け合いが面白い作品だと思います。

個人的には、太宰と馬場が口論をするシーン。

「言いすぎかも知れないけれど、君の言葉はひどくしどろもどろの感じです。どうかしたのですか? ――なんだか、君たちは芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていないような気がします」

太宰治『ダス・ゲマイネ』青空文庫

という太宰の台詞が好きでした。

様々な視点から深く楽しめる、完成度の高い作品だと思います。

以上、『ダス・ゲマイネ』のあらすじと考察と感想でした。

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平川葵

文学部在学中の現役大学生。好きな作家は村上春樹と芥川龍之介です。