谷崎潤一郎『台所太平記』女中の一覧から千倉家の労働環境まで!

『台所太平記』について

『細雪』や『痴人の愛』、『春琴抄』など、妖しく美しい作品で人々を魅了する谷崎潤一郎。

誰もが知っている文豪と言っても過言ではありません。

ここでは、そんな彼が亡くなる2年前に発表した作品『台所太平記』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『台所太平記』のあらすじ

『台所太平記』は、昭和10年から昭和37年までの間に千倉家へ女中奉公に来た女性たちのエピソード集です。

昭和10年、文豪・千倉磊吉は二度目の妻と兵庫の反高林で世帯を持ちました。

磊吉、妻、妻の娘、妻の妹の4人家族です。

女性ばかりの家庭ではありますが、裕福な育ちであるため、千倉家では女中を雇うこととなります。

少ない時は2,3人、多い時で5,6人の女中たちが、千倉家の台所を任されたのでした。

何度かの転居と戦争を経て、磊吉は伊豆山で暮らし始めます。

戦後は女中という文化も衰退し、以前のように長く勤める女性はいなくなりました。

昭和37年、磊吉の喜寿のパーティにかつての女中たちが出席します。

パーティは盛大に催され、明るい空気のなか、お開きとなるのでした。

『台所太平記』ー概要

物語の主人公 千倉家の女中たち
物語の重要人物 千倉磊吉
主な舞台 兵庫・反高林、静岡・伊豆山
時代背景 昭和10年(1935)~昭和37年(1962)
作者 谷崎潤一郎

『台所太平記』の解説

・個性豊かな女性たち

『台所太平記』は、戦前~戦後までの約30年間、千倉家の台所仕事を担っていた歴代女中たちの物語です。

まずは、千倉家へ女中奉公に来た、主な女性たちを紹介します。

千倉家の方針として、女中は本名ではなく、仮名で呼ばれています。





名前 期間
昭和10年~約20年間(断続的)
昭和21年頃~昭和25年
昭和27年~結婚後も働く
昭和28年~昭和33年
百合 昭和27年~昭和31年(断続的)
昭和24年頃~昭和36年
昭和24年頃~昭和29年
小夜 昭和25年
昭和25年
名前 人となり
鹿児島出身。器量は良くないが清潔で長身。ハティ・マクダニエル似。親分肌で、地元から求職中の女性を呼び寄せ、千倉家に住まわせる。
初と同郷。15,6歳で千倉家へ。色白で小柄。利発。標準語が上手く、ハキハキ喋る。
大変な器量よし。津島恵子似。味覚が優れており、料理上手。何事も上手にこなすため、欠点がないことが欠点。努力家の優等生。嫌いな食べ物は牛タン。
鹿児島出身。地元では初のご近所さんで、梅の遠縁にあたる。気が強い美人。目に力がある。川を自転車で飛び越えようとして失敗。眉間に傷を作る。
百合 大阪生まれ。明るく朗らかで、磊吉に対して無遠慮であるため、磊吉に気に入られる。傲慢なところがあり、他の女中や動物を虐める。光雄をめぐって銀と三角関係になるが敗れた。愛読書は「谷崎源氏」。
京都生まれ。自分のことを花王石鹸の月のマークに似ていると思っている。何かにつけて吐き気を催す。ゴリラの真似が得意。磊吉曰く、奇癖に富むが稀に見る好人物。
大阪出身。頼るべき肉親がいない。子どもや動物を愛し、他人のために苦労できる女性。その性質を見込まれ、磊吉が親代わりとなり結婚する。
小夜 徳島出身。磊吉いわく”直観的に不愉快”。磊吉の怒りを買い千倉家を追い出される。磊吉の妻の友人の友人の屋敷で働き始めるが、主人のベッドで節と性行為に及んでいるところを見つかり、解雇となる。
鹿児島出身。未亡人。初の紹介で働き始める。字が美しく磊吉のお気に入りであったが、愛する小夜を追いかけて退職。
名前 その後
和歌山へ嫁ぐ。梅を誘い、パーティに参加
初の弟と結婚し、初とともにパーティに参加
磊吉が親代わりとなり結婚。銀と同日に式を挙げる。パーティに参加
タクシー運転手の光雄と結婚。湯河原で商売を始める。パーティに参加
百合 磊吉の紹介で女優の付き人をしていたが、父親の死をきっかけに大阪に戻り、会社勤めをする
良縁に恵まれ、楽しく暮らす。パーティに参加
嫁ぎ先の商売が成功し、裕福に暮らす。パーティに参加
小夜 徳島へ帰り、”神様”を信じるようになる。
小夜との一件ののち、鹿児島へ帰り再婚。

・千倉家の労働環境

では、職場としての千倉家はどのような場所だったのでしょうか。

『台所太平記』は磊吉の語りでこそないものの、磊吉に限りなく近い視点で物語が進行します。

ですので、女中たちからの苦情などは物語中に反映されていない可能性もあるでしょう。

また、磊吉と合わなかった小夜が冷遇されていたことも事実です。

しかし、そういった例を除けば、総合的に働きやすい職場だといえそうです。以下に具体的な千倉家の労働環境をみていきます。

〈金銭面〉

食費、女中の医療費、石鹸費などは主人持ちとのことです。

〈女中の食事〉

下記は物語終盤、伊豆山の家でのメニューです。食費は前述のとおり主人持ち。

  • 朝…味噌汁、大根おろし、たくあん、押し麦を混ぜた米飯
  • 昼…日替わり。ほうれん草やいんげんのお浸し、オムレツ、チャーハン、もやしのカレー粉炒め、たらこ、煮豆、刻みずるめ等
  • 夜…日替わり。豚と野菜の煮ころがし、牛肉コロッケ、干物、カレーライス、とんかつ、すき焼き(週に一度)等

〈福利厚生〉

読み書きができない場合、磊吉が教えることもあります。

次の勤め先の斡旋、結婚相手の紹介なども行います。

〈働きやすさ〉

百合が後輩をいじめていたとのこと。それ以外にいじめの記述はありません。

また、女中の親御さんの心情に配慮し、本名での呼び捨ては行っていませんでした。

唯一本人が本名を希望した銀以外、全員仮名で勤務しています。

初は同郷の求職中の女性を呼び寄せ、千倉家に住まわせていました。

しかし誰でも良かったわけではなく、しっかりした、女中奉公が勤まる女性にしか声を掛けなかったといいます。

初自身がきちんとした性格であるため、無責任な声掛けはしなかったのでしょう。

逆に考えると、千倉家はそんな初が同郷の女性におすすめしたいと思える職場だったのではないでしょうか。

以上をふまえると、千倉家は総合的に働きやすい職場だと考えられます。

・失われたものへのなつかしさ

個性豊かな女性たちがいきいきと働く様は明るく健康的で、まるで夏の日差しのようなまぶしさです。

けれど、いつしか日は翳り、夏は終わりを迎えます。

戦後、女中文化は衰退していきました。

「お手伝いさん」はその後も千倉家にやって来るのですが、これまでのように長く勤め、親しくする関係ではありません。

磊吉自身も年をとり、銀や鈴の子どもの良きおじいちゃんとなります。

物語は過去を回想する形で始まり、磊吉の喜寿を祝うパーティが、

”めでたくお開きになりました。”

という一文で終わります。昔を回想し、終始ですます調で語られ、めでたしめでたしで終わる。

これは日本むかしばなしと同じ構成です。

むかしむかし、磊吉という文豪と、元気な女中たちがいました。皆は長く一緒に暮らしていましたが、いつしか別れ別れとなり、それぞれの人生を幸せに過ごしました。めでたしめでたし 

『台所太平記』は喜劇小説ですが、その根底には、もう戻ってこないものへのなつかしさや寂しさが潜んでいるのです。

『台所太平記』の感想

・谷崎潤一郎の集大成

谷崎潤一郎は1965年に亡くなります。

1962年から1963年にかけて連載された『台所太平記』は、谷崎潤一郎らしさの詰まった作品といえるでしょう。

女中文化の衰退と磊吉の老いからは『細雪』に代表される滅びの美しさが、小夜と節の関係からは『卍』が連想されます。

また、老人が主役という点では『瘋癲老人日記』と類似しています。女性の美しさの細やかな描写も見どころです。

・近代と現代の橋わたし

『台所太平記』は抱腹絶倒の喜劇小説でありつつ、谷崎潤一郎の文章の美しさを味わうことが出来る小説でもあります。

話題の小説なら読んでいるけれど、近代文学は真面目で難しそうで手が出ない…という方におすすめしたい一冊です。

磊吉と女中たちが、そっと近代文学との橋わたしをしてくれることでしょう。

アハハ!と笑って真顔に戻る瞬間、失われたものたちへの寂しさが押し寄せる。

その胸が締め付けられるような感覚が、味わい深い作品です。

以上、谷崎潤一郎『台所太平記』のあらすじ・解説・感想でした。