安部公房『棒になった男』なぜ棒になったのか?あらすじから解説まで!

『棒になった男』の紹介

『棒になった男』は安部公房の戯曲「鞄」「時の崖」「棒になった男」の3つの演目から構成されている作品です。

ここでは、その安部公房がこの3つの戯曲の中でなにを書こうとしたのか。

あらすじから男が棒になった理由までをご紹介します。

『棒になった男』‐あらすじ

子供とデパートにやって来た成人男性がデパートの屋上から何らかの理由で落下した際に着地した頃には姿が【棒】に変わってしまっていました。

その【棒】を巡り、フーテンの男と女、地獄の男と女がその所有権を主張して問答を行います。

フーテンの男がその所有権を主張していたが地獄の男が1000円出すと言うので売る事にしました。

買うには買った地獄の男ですが、その【棒】の報告を行うと排水溝に放置してしまいます。

一方では、屋上から降りて来た少年が父親を探しているのが見えます。

地獄の女は【棒】を手に取り、地獄の男に対して、少年へ【棒】を渡す提案をしますが、止められてしまいました。

【棒】になった父親は【棒】のまま独白を続けていますが誰にも聞こえません。

そして【棒】は再び排水溝に戻されてしまいます。

地獄の男と女は、それでも【棒】がひとりではなく、こうした【棒】はたくさんいると話しました。

『棒になった男』‐概要

物語の主人公 棒になった男
物語の重要人物 地獄の男、フーテン男
主な舞台 ターミナル・デパートを背景にした大通り
時代背景 1960年代の高度経済成長期
作者 安部公房

『棒になった男』‐解説

・男性はなぜ【棒】になってしまったのか?

まず、人間は棒にはなれません。

言葉として「棒立ち」やことわざで「足が棒のようだ」と比喩として使う事はありますが【棒】そのものになる事は出来ません。

ですが、この男性は【棒】になってしまいます。

それも、

「棒以外の何になればいいっていうんだ」

とさえ言います。

つまり【棒】の自覚があって、なおかつ他にも選択肢がある中で【棒】を選ばざるを得なかった、と考えられる言葉を言うのです。

安部公房は自作解説で「他人から使用される事でしか存在理由を持たない、棒のような男…」と書いています。

つまりこの作品は、「現代社会における人間疎外」をえがいた作品となります。

こうした【棒】のような人間という自覚(社会における存在理由が他人から使用されるという事にのみ拠っている人間)。

それがあるきっかけによって、”ような”という修飾を含んだ例示でしかなかった男性が、”なった”という変貌を含んだ断定的な存在へと進みます。

そのきっかけは、屋上からの落下です。

つまり、「死」を連想する行為によって引き起こされる結末から、有機物→無機物への変貌を示唆し、男性は【棒】に”なった”のです。

現代社会を描くための「棒化」という比喩

そしてここからがこの作品の、強いては安部公房の作品の味ですが、その「【棒】になった」という男性を他の登場人物にはっきりと認知させる事によって、男性の自覚を補完します。

フーテンの男は【棒】を掴んでリズムをとったり、背中を掻きさえします。

地獄の男は指導員として地獄の女に【棒】を評価させ、女もそれを【棒】として評価します。

その【棒】を得るために購入し、不要と判断したら排水溝に放置するのです。

そして屋上に残った少年もまた、父親を【棒】として認識していたかもしれないのです。

残念な事に少年の供述はありません。

登場人物として配されてもいないのですが、【棒】と認識していたであろう記述があります。

少年が屋上から降りて来て【棒】を探しながら地面を見ていると地獄の女が男に報せます。

そしてようやくフーテンの男から購入して【棒】を隠してしまうのです。

少年は【棒】を見つけられません。

それは上手く隠されたためかもしれませんし、未だに自分の父親が【棒】になったなどと信じられずに本来の父親の姿を探し求めていたがためかもしれません。

ただあくまでも【棒】となった父親の独白ですが、少年が【棒】となって父親が落ちていったと警備員に訴える様子を独白しています。

この独白と棒を探す所作から、少年もまた、父親が【棒】となった事を認めているかもしれないのです。

こうした登場人物のほとんど全員の【棒】としての認識があって、男性は完全に【棒】としての存在を完成させるのです。

「現代社会における人間疎外」をえがいたという安部公房は、この短い作品の中でそれを見事に書ききったと言えると思います。

今も排水溝の中にいるかもしれないこの【棒】は誰にも所有されず、見放されてあまつさえ地獄の女のように手を差し伸べようとしても、指導員とされている地獄の男によって常識を疑われる様な扱いを受けて寄り添う者がいない孤独を強いられるのです。

そして寄り添おうと探す息子が、決して寄り添えない無理解とそれによるすれ違いが、いわゆる現代社会を見事に書き切っていると言えるでしょう。

・棒になった男性は生きているのか、それとも死んでいるのか?

舞台は「むし暑いある六月の日曜日。ターミナル・デパートを背景にした、大通り。」となっています。

【棒】になった男性はこのデパートの屋上で息子と遊んでいました。

この状況での役割は確実に親子、それも子供の【父親】であったのは間違いないでしょう。

その【父親】が【棒】としての自覚に目覚めます。何がどうなったのでしょうか?

「他人から使用される事でしか存在理由を持たない、棒のような男…」

と記されている以上は、ある用途でその責任を果たし続けて来た者が【棒】という自覚を持って行くと思われます。

ですが、【棒】以外の選択肢もあったかもしれないのです。

地獄の男はフーテンの男と女は【ゴムホース】かもしれないと言い、次に行く現場ではもっと面白いものがいいなと言っています。

【棒】の数は非常に多いという事が、地獄の男と女の会話から理解できます。

それだけ何らかの役割で、必要とされたい人間がいるのでしょう。

特定の物(この時は棒)が多いという事は働きも同じであり、役割も同じと考えられ、それだけ多くの人々が”同じ”役割を望んでいると思われます。

この同一性の中で、【棒】への変貌を望む飛び込みがありました。

【棒】になって誰かに拾ってもらおうという欲求が、デパートの屋上から地上を見下ろしていた時に思いついたのかもしれません。

そしてそこには、自身の潜在的な才能を信じる無鉄砲さがあったと考えられます。

屋上から見た光景、

「…渦だ……見ろ……一面の渦だ……」「その吠え立てる都会の滝壺に、目もくらむ思いでじっと耐えていた時、…」

を見たときに、群衆の渦巻く野心を見て取って息子と遊んでいる余暇を惜しんだ気が起きたのでしょう。

「…確実に拾ってもらえるものと言やあ、けっきょく棒だけじゃないか!」という独白で男性の言葉は終わります。

誰かに必要とされたい、そして沢山の同じようなものの中から”自分”が必要とされたい、という欲求が表れています。

この欲求こそ”使われる”人の欲求でしょう。

そうして男性は、人間という”生きた”棒で必要性を感じられない日々よりも、”死んだ”棒でありながら少しでも必要性を感じられる日々を選んで飛び込んだのです。

男性は、飛び込む寸前に息子に望遠鏡のぞきに誘われたと独白で言っています。

この野心の渦巻きを見て競争心を鼓舞された男性は、その息子との遊戯を断って渦の中へ飛び込む事を選んだのです。

そして自ら”拾われる”形を考え抜いて【棒】となる事を、【棒】として使われる事を容認する自覚を持ったのです。

飛び込んだ先、つまりは【棒】として落下した先で、男性はフーテン男に【棒】として使われます。

背中を掻いたり、叩いてリズムを取ったりとそれらしく使われます。

用途として正しいかはともかく、誰かに使われているその時は幸せなのかもしれません。

「不幸ではないから 幸福な彼」

と地獄の女が歌います。

現にこの【棒】になった男性は、探しに来た息子から地獄の男が見事に隠せた時に「いや、いいんだよ……」と諦めの言葉を発します。
必要とされたいという欲求を満たされて満足し、幸せを享受している男の言葉なのでしょう。

こうして男性は、

  • 滅私による働き以外に幸せは獲得できない

という真理を得て、己が”死んだ”【棒】である事を自覚したのです。

『棒になった男』‐感想

この戯曲が発表されたのは1969年となっています。

ちょうど日本の高度経済成長期で、その中でもこの年は好景気として、通称『いざなぎ景気』と呼ばれているそうです。

こうした時代背景で野心に燃える人々がいたであろう事は容易に想像でき、スーツを着て大通りを歩くサラリーマンの姿が浮かんできました。

加えてこの戯曲を始めとして、『鞄』などでも観客を巻き込む意図を含んだ演出が見られます。

『棒になった男』では、最後の演出で地獄の男が舞台の≪前に進み出て客席をぐるりと指さし≫「見たまえ、君をとりまく、この棒の森……」と言います。

演劇を鑑賞するというある種の高尚な歓楽に興じる人々を、戯曲の中での【棒】に見立てたこの演出は、当時の野心家たちを揶揄するような演出に思われて皮肉に微笑ましくなりました。

東大医学部を卒業した安部公房の彼らしい作品だったと思います。

医療人は患者を見る時に必ず評価しますが、地獄の男が促した女の【棒】の評価はそれらしく読めましたし、この地獄の男と女の関係も現役医師と研修生の関係と思えて、彼の経験が浮かんだ戯曲であったと感じます。

以上、『棒になった男』の考察と解説でした。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事