『芝浜』の紹介
古典落語「芝浜」、タイトルだけ聞いたことがある人も多いと思います。
JR山手線の田町と大崎の間に新駅ができるということで、この「芝浜」も駅名の候補に挙がっていました。
落語のことは知らなくとも、この芝浜駅騒動を知っているひとも多いと思います。
主人公は魚屋です。この時代の魚屋は、市場で魚を自分で仕入れ、桶を二つ天秤のようにして桶を二つ担ぎ、包丁と自分の腕一つで魚をさばいて売って歩いておりました。
夫婦が大金を手にし、その妻と周囲の機転により、夫は自滅することなく、仕事でも大成功を収める、とても幸せな物語です。夫婦は行動が似てくるといいますがそんな描写も垣間見えます。
噺家によって拾ったお金の額は違いますが、夫婦ならではの掛け合いが素晴らしいです。長年一緒にいることで得られたやりとりです。
大みそかが舞台となるので、年末に多く演じられる題目です。
ここでは、『芝浜』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『芝浜』ーあらすじ
一組の夫婦が暮らしていました。
夫の勝(かつ)は腕利きの魚河岸です。
勝がさばく魚はことさらおいしくなるのですから、大変評判もよくお客さんもたくさんついていました。
しかしお酒が好きである日ついに仕事に行かなくなってしまいました。
ある日、勝は「今日好きなだけ飲ませてくれ!そうしたら翌日商売をしに河岸に行くから」と妻に約束します。
翌朝妻は勝をたたき起こします。妻は昨日の言葉を信じ、仕事道具の包丁、肩から担ぐ桶、草鞋に至るまで、仕事の準備をしておきました。
仕方ない、約束は守ると仕事に出ます。仕事場の魚河岸には人が一人もいません。競りが始まる時間まで一刻早く送り出してしまいました。
時間を間違えたことに気づいた勝は家に戻って妻を叱責しようかとも考えますが、戻ったとしてもすぐまた仕事に出なければなりません。
モヤモヤと煙草をふかし海岸をうろうろしていると、海から布のようなものが漂ってきます。
拾ってみると、それは財布でした。中身を確認すると42両(50両)入っています。(※金額は噺家によります。)
大慌てでいそいそと家に帰り、妻に報告します。一緒にお金も数えます。
拾った財布を自分のものにし、これからは働かなくていい!またお酒を飲んで暮らせる!と喜んだ勝は、長屋の大家たちを自宅に誘い、ドンチャン騒ぎの宴会を催します。
飲んで騒いだ夫は、眠ってしまいました。
いつの間にか眠りこけた夫をまた妻は起こします。
「お前さん、仕事に行っておくれよ」
「おいおい、昨日拾ったお金があるから働かなくていいだろう。」と返事をします。
妻は夫に対し、「昨日は仕事に行ってくれなかったのですよ。いつも働かずに楽をしたいと言っているからそんな夢をみていたのですよ、情けない。」
すごい剣幕で妻から言われた夫は、芝の浜で拾った財布は夢だったのか、と妻の言ったことを素直に信じます。
夫は昨晩の宴会の費用などあらず、拾ったお金をあてにしていました。酒屋にもツケにしておいてくれと伝えてありました。
妻は夫に、これを機会に①お酒を断つこと②仕事に対して真面目に取り組むことを約束させます。
心を入れ替えた勝は、この日から仕事を再開します。
もとは腕利きの魚屋です。以前のごひいきさんのところにも、顔を出すと謝罪をし、魚をおいてまわります。するとみるみるうちに勝のお客が増えます。
お客たちからの評判がよく、お客伝いにまたお客を紹介されるようになります。
それから3年ほど経ったその年の大みそかに、勝が仕事から帰ってきます。
この年で借金がなくなったことを妻は伝えます。
あるときの借金の取り立てを妻が追い返したさまを思い返し、勝は妻をねぎらいます。
ここで妻は3年前に拾った財布のことを打ち明けます。
芝の浜で拾った財布だ、あれは夢ではなく本当に拾っていたのです。
お金を拾った当時、勝が寝ている横で妻は長屋の大家に相談しに行きました。
拾ったお金を自分のものにして浪費しまったら、ろくに働かないのに町役人に目を付けられ、最悪の場合首は飛んでしまう。
勝も腕利きの魚屋だったのに、あろうことか他所の魚屋に仕事を頼むなんて情けない。
財布を拾ったのは夢だったと押し通し、長屋の大家にはお金を届けてきてもらうよう手配したのです。
妻は勝が仕事をする姿に惚れていました。もう一度夫の仕事に打ち込む姿がみたかった。
しかしだましてしまったこと、申し訳なかったと妻は夫に謝罪します。
届け出たお金が持ち主不明で誰も取りに来なかったから、自分たちのものにしていいよと、おかみ(役所)から連絡があったため、この大みそかに勝に打ち明けることにしました。
話を聞いていた夫はお金を拾ったことは夢じゃなかったことに驚きました。
同時に妻が不安な思いを抱えながらも、自分のことを見捨てずに、寄り添っていてくれたことに感謝をします。
拾った財布の大金を使って、大通りにお店を1軒借りて、人を雇ってもっと多くの客に商売をすればどうかと提案します。
3年前の財布のことも、妻が抱えていた不安も晴れ、今日は大みそかです、妻は夫にお酒を勧めます。今日くらいは良いじゃないかと。
勝もまんざらでもない様子でお酒を飲もうとします。
しかしやっぱり酒を飲むのをやめます。
今まで築き上げたものとこれからのお店の計画が、また夢となってしまってはいけないから。
『芝浜』―解説(考察)
飲んだくれ亭主
妻と出会った当初は生き生きと仕事に打ち込んでいたが、ある時を境に魚河岸(魚市場)にいく(働く)ことをやめて、お酒におぼれるようになってしまいます。
当時の魚屋というのは、魚市場で魚を購入した河岸屋が、お店や宿に魚を販売しにいくスタイルでした。
自分が魚を仕入れて、魚を取引先へ売りに出なければ、収入とすることができません。
妻の準備
今、どんなに酒におぼれていても、いつかは仕事に行ってくれると信じていた妻は、仕事道具の桶や、包丁、草履まで、しっかりと準備をしていました。
まさに内助の功です。この物語でも、夫に対する愛情の深さを感じます。
一刻早く送り出してしまったあと、家の片づけをして戸締りをすると妻も一刻早く起きていたため、うたた寝してしまいます。
夫が財布を拾って帰ってくるときに家の戸を叩く音で目が覚めます。
妻のほうが大金をもって夫が帰ってきたので、夢かと思っていたのでしょう。
夢でないことを確認するために第三者の長屋の大家に相談しに行ったものと思われます。
・亭主の改心
夫は、毎日浴びるように飲んでいたお酒をスパッと辞めます。
3年たつ頃には毎日飲むお酒よりも仕事終わりのお茶がおいしい。
3年前はどうしたら楽をして過ごせるかばかり考えていたが、今では仕事をしっかりこなすほうがよっぽど楽だと考えるようになるまでに改心します。
妻もそんな夫の変わりようにはじめは驚きこそすれ、ほっと胸をなでおろすような気持ちだったことでしょう。
種明かしをする時期
夫が仕事を再開しだしてから1か月、3か月と日にちが経ちます。
財布を拾ってみんなで飲み食いしたときにかかった代金は3か月も働けば返済できると妻は言いました。
妻は、大家に「いつ拾った財布のことを打ち明ければよいか」うかがっています。
3か月、6か月と、妻とともに仕事ぶりを見守っていた大家も、種明かしをしても大丈夫だろうとを伝えます
妻はずっと真面目に働く夫をだましているという罪悪感からいつ話ができるか考えていたのでしょう。
お役所に届けていたお金が、持ち主不明のため、発見人に差し上げると通達がありました。この年の大みそかに妻は真相を話します。
『芝浜』ー感想
芝の浜の情景
この落語のタイトルである、芝浜ですが、浜での様子は冒頭にしか出てきません。
海浜ならではの朝の冷え込み、朝日のまぶしさを表現する様子もこの落語の見どころです。
一刻早く河岸についた勝は、朝日を見て今日は商売がうまくいきますようにと朝日にお祈りします。
同じころ、妻も家の片づけを行い、神棚清掃後に祈願します。夫婦は離れていても行動が似ています。
また、一足先に妻のほうがうたた寝をしてしまいます。
大金を拾ったなどとは当初信じられず、長屋の大家に相談することで、拾ってきたことは真実であることを確認したのでしょう。
一所懸命仕事に打ち込めば報われる
勝は以前不義理をした(突然顔を出さなくなった)取引先に対し、きちんと謝罪し、また魚を置いていきます。
自分がやってしまった行いを認め、謝罪をして回るというのは、大変な労力を使うことです。
しかしきちんとやり遂げるのは、妻が家で待っていてくれるからなのでしょう。
勝はお客からうまかったと反応をもらうのが楽しいと感じるようになります。
お酒では得られなかったものを、仕事が埋めてくれます。
夫婦の思いやり
普段からお互いに仲良く過ごしているのでしょう。
噺家の夫婦独特のちょっと間の抜けたやりとりも聞きどころです。
また妻の中では「うそをつく」という行為は妻としてやってはならない行為だったのでしょう。
勝のことを大切に思っている様子がとても響きます。
勝が財布を拾ってきたときも、仕事に行ってくれないときも、お金が下げ渡しになったときも夫がどうしたらいきいきとすごせるのかを第一に考えて提案をします。
また勝も妻の活躍をねぎらいます。
この夫婦はお互いに思ったことを遠慮することなくきちんと伝えあっています。
感謝の気持ちを伝えること、思ったことを我慢せずにうまいこと伝えあっているから、真実でもお互いに受け止められるのです。
自分が感じた気持ちに対し、少しの毒やユーモアを交えて相手に伝えることは、現代でも通用するコミュニケーション方法です。
現代の3組に1組が離婚している今と比較するものではないとは思いますが、お互いにお互いのことを理解するために歩み寄る姿勢は大切にしていきたいです。
以上、『芝浜』のあらすじと考察と感想でした。