『おいしいごはんが食べられますように』の魅力を紹介!
文学ファンの目玉トピックとなってる芥川賞。
今回は第167回の芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』の魅力を改めてお伝えし、芥川賞の楽しさを改めて知っていただけたらと思います。
最後には受賞には至らなかった、第167回芥川賞候補作についても紹介していますので、ぜひご覧ください。
第167回芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』について
晴れての受賞作『おいしいごはんが食べられますように』はどんな作品だったのでしょうか。
講談社の純文学系文芸誌『群像』2022年1月号に掲載され、その後単行本化し第167回芥川賞を受賞しました。
著者は高瀬隼子さん。
講談社の書籍ページによりますと、
1988年愛媛県出身。
立命館大学文学部卒業。
2019年「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞。
著作に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』『おいしいごはんが食べられますように』がある。
また芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は
ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR小説部門第6位、
「キノベス!2023」紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30 第8位にランクインしています。
純文学界で今目が離せない作家さんですね。
今回の『おいしいごはんが食べられますように』はタイトルも表紙も”かわいい”!と話題になりました。
芥川賞系の小説として意外な”かわいさ”であるとして文学ファンの間で話題に。
本記事ではその”かわいさ”を徹底解剖していきます・・・!
『おいしいごはんが食べられますように』と”かわいい”
早速見ていただきたいのがこの表紙。
お鍋にほこっと映るシルエット。
白を基調に癒しの黄色がアクセント。なんだかとってもかわいく見えませんか?
ずばり、『おいしいごはんが食べられますように』とは、
だと思うのです。
『おいしいごはんが食べられますように』の人物関係は?
登場人物は主に3人。
・二谷さん/男性・・・上の「かわいいの解釈歪んだ男性」です。
・押尾さん/女性
3人とも同じ会社で働いています。
芦川さん二谷さんカップルに攻め込んでいく押尾さんとの三角関係小説、と見せかけて実はとてもいびつに歪んだ三角関係です。
芦川さんはみんなが”かわいい”と思うような庇護欲掻き立てるキャラクター。
職場では皆にかわいがられ気遣われ、頭痛で早退。ヘビーな仕事は振られない。体が弱い反面、料理もお菓子作りも上手な女性です。
二谷さんは仕事も職場恋愛も、職場で浮気もそつなくこなしてしまうキャラクター。
胸の内をあまり語らない不気味さがあります。
職場公認カップルでありながら、芦川さんにべったりする様子はありません。
その二谷さんへアタックするのが押尾さん。
仕事ができてがんばり屋さん、スポーティーな経歴を持つ彼女が二谷さんへ向けて放つのは「一緒に芦川さんにいじわるしませんか?」の一言。
ええどういうこと〜?と思いますよね。
読み進めても色々と不思議な点がある小説です。
水面下では人間何を思っているのかわからんなあ、というのが私のはじめの感想でした。
“かわいい”の認識違い
なかなか難解なこの小説。
特に二谷さんのキャラクターはなかなか掴めません。
時々二谷さんが芦川さんへ向けて”かわいい”という感情を抱きます。
なんと、終盤の重要なある一文にも、”かわいい”という単語が登場します。
最後までわからなかったのは、”かわいい”と思っている相手への行動、言動としてこれはどうなのかな?と思うことがとにかく多かったからだと思います。
何度か読み返すうちに大きな認識違いがあったことに気がつきました。
きっと、私の思う “かわいい”と、二谷さんの思う”かわいい”は根本的に意味が違うのです!!
二谷さんの“かわいい”という単語の隠れた暴力性
“かわいい”という言葉にそんなに奥行きがあるなんて驚きです。
“かわいい”と思うもの、もう少し広げて、大切だと思うものへの接し方は実に様々でしょう。
誰かにたくさん自慢したい人もいるでしょう。
自分だけのものとして独占したい人もいるでしょう。
物であれば、大切に新品同様で取っておきたい人もいます。いち早く使いたい人もいます。
恋人であればどうでしょうか。
ひたすら大事にしたいと思う人も、わざと照れ隠しで意地悪してしまう人もいますね。
どのように大切にしたいかの考えも一人の人の中で、時に変化するかもしれません。
芦川さんのことを”かわいい”と思っているのなら、私ならこうするのに、という法則は通用しないのです。
さらに『おいしいごはんが食べられますように』の”かわいい”には、必ずしも対人間の感情ではない可能性もあると思います。
例えば、動物や赤ちゃんなど、何をしていても”かわいい”存在は思い当たりませんか?
私はインコと暮らしていますが、指に噛み付かれてもインコは可愛いと思います。
さらに小さいものはどうでしょうか。
私は同じものでも、ミニチュア版を見て”かわいい”と感じることがあります。
例えばマスコットやコスメなどです。
その”かわいい”はどのような部分に感じているのでしょうか。
もしかしたら、
- 小さいもの
- 未熟なもの
- 自分よりも間違いなく力がなくて絶対自分に攻撃してこないもの
このようなものを対象とした気持ちかもしれないと気が付きました。
そして二谷さんが恋人の芦川さんへ、上のような”かわいい”を感じているのだとしたら、それは私が思っている恋人への”かわいい”とは中身が異なるのです。
必ずしも”かわいい”に愛情は含まれない。
時に力関係が関わるすこし暴力的な”かわいい”がこの世に存在する。
それを踏まえてもう一度読むと、これは仕事と恋愛がうまく絡んだ三角関係小説ではなくて、むしろ人対物の関係をサスペンス的に書いたヒトモノ小説のような気がしてきます。
“かわいい”の反撃にかかる芦川さん
さらにこの『おいしいごはんが食べられますように』の凄さはこれだけだけではありません!
芦川さんは決して二谷さんの”かわいい”の餌食ではありません。
”かわいい”を充分に自分のものにして生活しています。
“かわいい”鎧を着て、静かに負けじと反撃するようです。
恋人には手を焼いて尽くしてしないと気が済まない芦川さん。
おいしいごはん、として手の込んだ食事を提供するとともに、自分を守ってくれる相手をキープしているのでしょうか。
さらにある種自分の支配下にある恋人、二谷さんを芦川さんも”かわいい”と感じ、執着しているのかもしれません。
そんな芦川さんと、真逆タイプの女性に見える押尾さんの存在もミソになっています。
“かわいさ”の奥深さと、違う辞書を持つもの同士の共存をスリリングに楽しみながら、自分の周りをそっと観察し省みることができる小説。
それが第167回芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』ではないでしょうか。
選考委員選評から読み解く”かわいい”
と、現代のハラスメント恋愛のサスペンスな面を指摘してきましたが、第167回芥川賞では作品の他にも非常に注目すべき点がありました。
それは選考委員の方々の、記者会見や選評でのコメントです。
実は「史上初の芥川賞候補作家が全員女性」であるとして、候補作発表の段階からかなり注目されていた今回の選考会。
どのような世相を切り取っていたから受賞に至ったのか。至らなかったのか。という意味の質問が相次ぎました。
それに対する川上弘美さんや山田詠美さんのコメントはとても鋭いものでした。
私はそれらを、「小説の評価に世相、時代性は概ね関係していない」という意味だと受け取りました。
今らしいから。今こういった作品を受賞させれば話題になりそうだから。
そういったことは選考の基準外であるということでしょう。
女性進出の時代だから女性作家さんのシスターフッド的小説を候補に集めたというわけではないということですね。
コメントより感じさせた審査の方向性と、私の”かわいい”推理を繋ぎ合わせればあることが見えてきます。
“かわいい”の暴力性は今の日本に突然始まったことではない。
英語でveryを”pretty”と言い換えたり、平安時代に小さく可憐なものを「うつくし」といったり、歴史の中には似た例が存在します。
小さいと”かわいい”、そしてそこから連想されるダークな意味合いもある種、人間の遺伝子に刷り込まれた感覚であるのかもしれません。
受賞には至らなかった、第167回芥川賞候補作をサッと紹介!
芥川賞は5作の候補作の中から選考、決定されます。
第167回芥川賞候補となった他の4作は一体どんな小説だったのでしょうか。
『あくてえ』
『あくてえ』山下紘加さん著、河出書房新社刊行の小説は私の167回芥川賞受賞予想作でした。
私のいちおし作品ですので、ぜひ『おいしいごはんが食べられますように』と併せて読んでいただければ嬉しいです!
小説家を志す主人公のゆめさん。
きいちゃんとばばあと3人暮らし。きいちゃんは母、ばばあは父方の祖母です。
常に沸騰寸前の怒りを内に抱えるものの日常とはどんなものだと思いますか?
あくてえ、すなわち悪態を日々ぼろぼろとつきながら自分の人生を切り開いていこうと必死の19歳女性の物語です。
小説の中の人物は清く正しく美しくなければならないのか?
いえ、そんなことはないと思います。
むしろ自分より苛つき悪態をつきまくる主人公を読んだ時、読者は冷静になり頭を冷やすことができるのではないでしょうか。
不思議な効果がある、ちょっぴり新しいタイプの小説です。
『N/A』
『N/A』(エヌエー)は年森瑛さん著、文藝春秋刊行の小説です。
この世のどこにも該当なし。
自分は選択肢のどこにも当てはまらない。
主人公まどかさんが食事を控える理由は確かに既知のものとは異なるかもしれません。
そんな彼女が友人や元恋人の「私は私」という気持ちをすこしずつ認識していきます。
『家庭用安心坑夫』
『家庭用安心坑夫』は小砂川チトさん著、講談社刊行の小説です。
候補作5作の中で、一番摩訶不思議な雰囲気が漂っているのではないでしょうか。
尾去沢ツトムの正体とは。
主人公は実家へ、尾去沢へ、記憶とともに攫われていくようです。
語り手である主人公は確固たる記憶を語っているのか。気を確かに持っているのか。
それにより私たちに伝わる事実は事実で無くなる可能性があります。
叙述トリックとも近いフィルター越しに物語を伝えてくるのは、群像新人文学賞を受賞したこの後が楽しみな新人作家、小砂川チトさんです。
『ギフテッド』
『ギフテッド』は鈴木涼美さん著、文藝春秋刊行の小説です。
作者の初小説中編として注目されました。
さらに今回、第168回芥川賞にも著作『グレイスレス』が候補として選ばれています。
夜の街の住民をひしひしと描写した力作です。
与えられたもの= gifted 。
それは母から娘へ受け継がれた容姿の美しさではなかったのです。
あなたが女性でも、男性でも、きっとハッとする何かがあるのではないでしょうか。
『おいしいごはんが食べられますように』を読んで、”かわいい”の思考に迷い込んでみてください!
『おいしいごはんが食べられますように』を読んで、あなたはどんな”かわいい”の思考に迷い込みますか?
作者渾身の芥川賞受賞作。きっとたくさんの読みができると思います。
私も今後、『おいしいごはんが食べられますように』とともに色々な発見をするであろうと、とても楽しみにしています。
さらに、惜しくも受賞に至らなかった他の4作品もどれもとても魅力的です。
根底に敷かれたテーマにあなたはどう対峙しますか?
半年に一度のお祭り、芥川賞をきっかけに純文学系小説に興味を持っていただけたらとても嬉しいです!
あなたの読書体験がきっと、素敵なものになりますように。