落語「中村仲蔵」あらすじ&開運スポット|〜柳島・亀戸を訪れる文学散歩〜

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落語「中村仲蔵」あらすじ&開運スポット|〜柳島・亀戸を訪れる文学散歩〜

1落語「中村仲蔵」ゆかりの地〜柳島・亀戸を訪れる〜

私は基本的に無宗教なのですが、やはりこの日本で生まれ育った身。ここぞというときには神仏へお参りをしております。

今回は江戸の昔、ある歌舞伎役者のお話です。彼がお参りしたのは柳島の妙見(みょうけん)様。そのご利益か、見事に生み出した役の演出で、後世に響く名を上げました。

その名は中村仲蔵(1736-1790)。実在の人物です。彼の役者人生における成功譚は、明治時代には落語となって語られました。

現代も語られる落語「中村仲蔵」。

本日は、その舞台である妙見様と柳島を巡ります。

江東区の亀戸駅から墨田区の錦糸町・両国方面へ、東京スカイツリーのお膝元である押上駅前を通って歩きましょう。

出典:Google map

2落語「中村仲蔵」あらすじ①:仲蔵の思案

中村座の役者、中村仲蔵(1736−1790)は悩んでおりました。なぜなら、このたび中村座が演目「仮名手本忠臣蔵」を興行するにあたり、彼についた役はたった一つ、五段目の斧定九郎役だったからです。

「仮名手本忠臣蔵」といえば、赤穂浪士四十七士による仇討ちの物語。ご見物もご存じの、人気演目です。それなのに仲蔵の役は斧定九郎だけでした。

忠臣蔵の芝居は、朝から始まり、だいたい午前中の三段目、四段目と盛り上がります。午後からの六段目もいい幕なので、客は真剣に観る。その間にあるのが五段目です。

これは「弁当幕」と言われ、お客は昼食の弁当を広げ、集中力もまあまあに観ている幕でした。

そこに斧定九郎は登場する。どてら姿にあから顔、頭巾を被ってもそもそと出てくる。山賊の姿です。

これではお客がたいして見てくれません。

彼は、山道で老人を襲い財布を奪った直後、彼を獲物と見誤まった猟師に銃で撃たれて絶命する。それが斧定九郎。

役は悪くないんだが、こしらえ(衣装外見)がどうもパッとしない。そういうキャラクターでした。

当時、中村仲蔵は大部屋役者の下積みから始まり、その実力を認められ、名題(なだい=役者の最上級)までになっていました。

しかし、この役者世界は血筋やコネが物を言います。いい役者の家の子ならば大根役者でもいい役がくる。そうではない仲蔵は、名題への昇進すら、ねたまれていたのです。

忠臣蔵の斧定九郎は、名題がやるような役ではありません。この配役は、明らかに脚本家による嫌がらせでした。

「こうなったら自分の斧定九郎というものを見せるしかない」と心に決めた仲蔵。

まずは定九郎のこしらえ(衣装)を変えて工夫しよう、となる。

この時代の芝居は、衣装やかつらなどのこしらえはすべて役者の自前だったのです。

しかしなかなか良い案が思いつきません。これはもう神仏のご利益をいただくしかないと、信仰している柳島の妙見様にお参りをすることにしたのでした。

3落語散歩①:亀戸駅から妙見様へ

亀戸駅

現代の私も、妙見様へお参りに行きましょう。

JR総武線、亀戸駅からスタートです。

亀戸駅→横十間川→柳島橋→妙見様を目指して歩きます。

亀戸駅北口を西へ進むと、横十間川へ出ました。

冒頭の地図にある通り、この地域には南北に横十間川、東西に北十間川が流れています。

これらは江戸時代に開削された運河です。隅田川から流れる北十間川とそこから南に横十間川が分かれる流域に、明治期までは柳島村がありました。

このあたりは、法性寺(妙見様)や、萩の名所である龍眼寺、亀戸天神社や梅屋敷など見所が多く、隣の亀戸村とともに、運河の水運を利用した江戸近郊の遊覧の地でした。

天神橋。亀戸天神社がある通りです。<地図イ>

天神橋からさらに北へ行くと、龍眼寺がありました。<地図ロ>

江戸初期に住職が多種類の萩を集めて境内に植えたことから「萩寺」と称され、多くの参拝客が訪れました。

「江戸名所図会」にも萩を愛でる人々の様子が描かれています。

亀戸天神社の藤の名所、龍眼寺は萩、妙見様の近くには梅屋敷もありました。柳島と亀戸は花の名所だったのですね。

松濤軒斎藤長秋 著 ほか『江戸名所図会 7巻』[18],須原屋茂兵衛[ほか],天保5-7 [1834-1836]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2563397

さあ、龍眼寺を出てさらに北へ、横十間川の先に東西に交差して流れる北十間川が見えてきました。

水色の水道橋の向こうが柳島橋です。

柳島橋に着きました。

橋の向こうにそびえ立つスカイツリー。<地図ハ>

柵にレリーフがありました。「柳しま 妙見の社」とあります。

この絵では手前が北十間川、右上に流れるのが横十間川ですね。

松濤軒斎藤長秋 著 ほか『江戸名所図会 7巻』[18],須原屋茂兵衛[ほか],天保5-7 [1834-1836]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2563397 を加工

↑「江戸名所図会」の柳島妙見堂の図です。私は「現在地」に立って橋の撮影をしました。

近くには柳島の妙見様、法性寺

ビルになっていますが、入っていくとお堂がありました。

こちらは葛飾北斎も信仰したそうです。ここの妙見堂に、開運北辰妙見大菩薩が祀られています。

私もお祈りいたしました。どうか運がひらけますように…

4落語「中村仲蔵」あらすじ②:お参りの帰りに幸運が

仲蔵が妙見様にお参りを続けて十二日目。いまだに役の工夫は浮かばない。芝居の初日は近づいてくる。

帰りがけ、どうも雲行きが怪しい。

これはひと雨ありそうだが早いとこ帰って…と法恩寺橋あたりでぽつっ、ぽつっと降り出したところにひょいと見ると蕎麦屋があるので急いで入る。と、盆を返したようにざァーッ…と土砂降りになった。

食いたくもない蕎麦を目の前に思案している仲蔵。と、そこへ

“「ゆるせ」
ひょいッと見る。年ごろ三十二、三。背の高い、痩せぎすで、色の抜けるように白い、月代(さかやき)が森のように生えてまして、黒羽二重のひきときという、あの袷(あわせ)の裏をとったもの、これへ茶献上の帯。ろ色艶消しの大小(=刀)を落とし差しにして、尻をはしょり、茶の雪駄を腰へはさみまして、破れた蛇の目傘をぽーんとそこへ放り出す。月代をグッと手で押さえると、たらたらっとしずくが流れようという。濡れた着物の袂(たもと)を、こう…しずくを切っている“

三遊亭圓生『新版 圓生古典落語3』集英社文庫

…破れ傘に乱れ髪の侍が、ずぶ濡れになって店に飛び込んで来たのです。

色白の、痩せて背の高い、着物の裾を帯へはさみ、頭からしずくを垂らしながら袖(そで)をぞんざいに絞っているその姿。仲蔵は釘づけになります。

「いい、いい…これだ!これが俺がやる斧定九郎だ」とうとう仲蔵はきっかけを掴んだのでした。

そしてとうとう芝居初日。五段目のいわゆる「弁当幕」。お客は弁当を広げている。ここで斧定九郎の出番となりました。

仲蔵がこしらえた斧定九郎、花道をタッタッタッと登場する。

これを初めて観たお客たち。一同シンッ…として、かけ声も歓声もまったく起こらなかったそうで。「…ああ、これはしくじった!」と仲蔵は覚悟を決めました。

ただ、それは仲蔵の演じる定九郎があまりに良すぎた故のこと。

弁当幕に登場した見事すぎる定九郎を見せられ、虚をつかれたお客たちは「おぉ、ううーん…」と唸るしかなかったのです。

それからは、中村仲蔵の斧定九郎といえば芝居ファンで知らない者はおらぬ、後世に伝わる役の型となりました。

勝川春章筆「東扇・初代中村仲蔵」東京国立博物館蔵 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

5落語散歩②:妙見様から法恩寺橋へ

妙見様を出て西へ行くと大横川へ出ます。

この大横川にもいくつかの橋がかかっており、川沿いに南下していくと法恩寺橋がありました。雨に降られた仲蔵が蕎麦屋に入ったのが法恩寺橋あたりです。

この大横川も江戸時代に掘られました。現在は、埋め立てられて大横川親水公園となっています。歩道が整備された心地よいお散歩コースです。

ところで、この地域の川には大横川、横十間川と「横」という字がついていますね。「横」というのは、江戸城に向かって横に流れるという意味だそうです。

法恩寺橋<地図二>

大横川親水公園 橋から降りて川沿いを歩けます。気持ちいい。

ここで大雨に遭い、仕方なく入った蕎麦屋で出会ったお侍の姿。こ

れにヒントを得て、仲蔵は成功したのです。人生、何があるかわかりませんね。

大出世の後も、きっと仲蔵は柳島に足を運んで妙見様をお参りをしたことでしょう。

江戸時代から続く開運と遊覧の地、柳島・亀戸。

今では東京スカイツリーもその景色に加わり、歴史文化と近代建築が訪問者の目を楽しませてくれる土地でした。

私も、これからは家でネットサーフィンばかりに明け暮れていないで、仲蔵のように外へ出て、蕎麦屋にでも入ろう。

そして、そのときには氏神様へきちんとお参りをしようと思います。きっと幸運に出会えるはずです。

6おまけ:ナメクジ長屋 跡地

落語家、古今亭志ん生(1890-1973)が暮らしたことで有名な「ナメクジ長屋」。

家賃がタダと言われ大喜びで住んでみたら、ナメクジが大量発生して難儀したという長屋は、この地域にありました。<地図ホ>

押上駅から南へ徒歩5分。今では立派なマンションが建っています。

志ん生さんも、自分の長屋から目と鼻の先にこんなに巨大なツリーが建つなんて思ってもみないでしょうね。


参考文献
「江戸落語の舞台を歩く」 河合昌次/著 東京地図出版
「新版 圓生古典落語3」 三遊亭圓生/著 集英社文庫
「江戸名所図会」国立国会図書館デジタルコレクション
押上一丁目仲町 会ホームページ

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アキラ

都内大学の国文科卒業。 愛する作家は内田百閒、寺田寅彦、三島由紀夫、山田風太郎。 ドナルド・キーン氏からいただいたファンレターのお返事は宝物です。 読書の合間にはジャグリング練習をします。