『子ほめ』の紹介
『子ほめ』は古典落語の一つ。 原話は寛永五年(江戸幕府将軍が徳川家康の頃)、安楽庵策伝著の『醒睡笑』の中の「鈍副子第十一話」。
落語でおなじみの「熊さん」「ご隠居さん」が出てくる噺で、「牛ほめ」「寿限無」「饅頭こわい」などとともに前座噺としても有名です。
おっちょこちょいの熊さんが、生まれたばかりの赤ん坊を褒めて、お酒を飲ませてもらおうとしますが中々上手くいかない、という噺です。
ここでは、『子ほめ』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『子ほめ』ーあらすじ
友達に「ご隠居さんのところでただの酒が飲める」と聞いた熊さん。
早速ご隠居さんのところへ行って、
「ただの酒ってえのを飲ませておくんなせえ。」
と言いますがご隠居さんに「ただの酒なんかないよ。」と言われた八さん。
「へん!しみったれ!なんであいつには飲ませて俺には飲ませないんです?」
と文句たらたら。
「ただの酒」は熊さんの聞き間違えで、本当は「灘の酒」を友達は飲ませてもらっていたんです。
「ただの酒でも灘の酒でもなんでも飲ませてくださいよ!」
という熊さんに、
「お世辞の一つでも言ってわしを気持ちよくさせたら飲ませてやろう。」
とご隠居さんに言われます。
しかし、お世辞がうまく言えない熊さん。
ご隠居さんにお世辞の言い方を教えてもらいます。
「例えば歳を聞いてはどうだい?『失礼ですがあなたのお歳はおいくつですか?45ですか!たいそうお若い!どう見ても厄(やく)そこそこでございます』と、まあこんな感じだ。」
「100そこそこですか?」
「100じゃないよ。男の厄年、42歳のことだ。誰だって歳を一つでも若く言われたら嬉しいもんだよ。きっと一杯奢ってくれるよ。」
大人の褒め方を覚えた熊さんは、ふと長屋の八さんに子供が生まれたことを思い出しました。
「長屋の八に赤ん坊が生まれたんですよ。で、長屋中で祝うからって、二分の金をとられましてね。しゃくだから八に一杯奢らせますよ。でも赤ん坊はどうやって褒めるんですかい?」
「赤ん坊を褒める時は『これがあなた様のお子様さんですか。目から鼻にかけてはお父さんにそっくり、口から顎にかけてはお母さんそっくり、額の広いところは亡くなったおじいさんにそっくりで長命の相がおありになる。私もこういうお子さんにあやかりとうございます。こういう感じだな。」
これを聞いた熊さん早速赤ん坊を褒めに行きます。
「おい!八!赤ん坊褒めに来たぞ!おお、大きい赤ん坊だな。額がしわだらけで白髪だらけじゃねえか。」
「何言ってるんだ。それは昼寝してるじいさんだよ」
「おお、そうか。赤ん坊はこっちだな、お人形さんみたいだな。お腹を押したらきゅうきゅう泣くぞ。」
「おいおい、お腹押して泣かすんじゃねえよ。」
そうこうしているうちに熊さん、ご隠居さんに教えてもらった赤ん坊の褒め方を思い出しました。
「え〜こちらはあなたのお子様ですか?」
「俺の子じゃなかったら誰の子なんだい?」
「ひたいの広いところは亡くなったおじいさんによく似て、長命の相がありますね。」
「じいさんそこで昼寝してるよ、まだ生きてるよ。」
なかなか上手く褒められません。
熊さん、ご隠居さんに別の褒め方を教えてもらったことを思い出します。
「失礼ですが、赤ん坊のお歳はおいくつですか?」
「おいおい、生まれたばかりだよ。まだ1つだよ。」
「ええ!生まれたばっかりですか?それにしてはたいそうお若い。どう見ても、生まれる前でございます。」
『子ほめ』ー概要
主人公 | 熊さん |
重要人物 | ご隠居さん・八さん |
時代背景 | 江戸時代 |
舞台 | 長屋 |
出典 | 「醒睡笑」の中の「鈍副子第十一話」 |
『子ほめ』解説ー見どころ・サゲ
「どう見ても、生まれる前でございます。」
ご隠居さんに、相手の歳を1歳でも若く言えばいい、と教えてもらった熊さん。
生まれたての赤ん坊も歳を若く言えば褒めていることになる、と考えました。
ちなみに江戸時代は歳の数え方が「数え年」。
現代では歳は「0歳」から始まりますが、江戸時代は生まれてすぐに「1歳」になります。お正月が来ると1つ歳を取ります。
「(赤ん坊の歳は)まだ1つだよ」
と言われた熊さん。
「1歳より少し若く言って酒を飲ませてもらおう」と思い、「生まれたばっかりですか?それにしてはたいそうお若い。
どう見ても、生まれる前でございます。」と褒めます。
でも「生まれる前」の人間なんていませんし、大人なら若く言われると嬉しくなりますが、自分の生まれたばかりの子供の年を若く言われても何もうれしくありませんよね。
ここが「子ほめ」の笑いどころとなっています。
『子ほめ』―小ネタ・現代では理解しにくい点・豆知識
灘の酒
日本三大酒どころ(美味しいお酒を作っている場所)は「兵庫県の灘」「京都の伏見」「広島の西条」です。
「子ほめ」に出てくる「灘の酒」は、日本名水100選にも選ばれた六甲山の「宮水」で作られています。
硬水から作られる灘の酒は、辛口でキリリとした口当たり。「白鶴」「菊正宗」が有名です。
海に面した灘は港があったため、江戸へは海上輸送で酒を運んでいました。
噺によってはご隠居さんの親戚が灘で造り酒屋を営んでいて、新酒を毎年送ってもらう、という設定になっています。
厄
「厄年」「厄落とし」という言葉で知られる「厄(やく)」。
「厄」は簡単に言えば病気や事件事故など災いのこと。
「厄年」は昔から災いの多い年と言われ、今でも神社で「厄払い」と称してお祓いをしてもらいますよね。
男性は25歳、42歳、61歳、女性は19歳、33歳、37歳が厄年です。
長命の相
「手相」は手のシワを見て、その人の将来や運命を占うことに使いますよね。
「相」と一言で使う場合は「人相・顔相」のことを言います。
「長命」は長生きのことなので「長命の相」は「長生きできる人相」ということですね。
二分の金
「二分」は江戸時代のお金のこと。
「一分金」というお金が2つで「二分の金」です。
今の金額にすると1万5千円から2万円くらいですので、熊さんは出産祝いに3万円包んだことになります。
一分金は大きさが1センチかける2センチ位。
指の先ほどの大きさのお金で、江戸時代に何度も作られています。
数え年
数え年は今の日本人にとっては少しややこしいもの。
例)
令和4年12月31日生まれの子供がいたとして、令和5年1月1日時点に何歳になるかと言うと・・・
現代:0歳(満年齢)
江戸時代:2歳(数え年)
になります。
お正月を迎えると誕生日が来る、という歳の数え方は東アジア独特の習慣です。
日本でも七五三は1年前にお祝いしますよね。
これは「数え年」で祝う習慣だからです。
今ではほとんどの国で誕生日を迎えると歳を重ねる「満年齢」が使われています。
韓国では今でも「数え年」が使われていましたが、2023年の6月から満年齢が使われる新しい制度になります。
前座噺
「子ほめ」「牛ほめ」「寿限無」などは前座噺、といって落語家の師匠に弟子入りしたばかりの新米落語家さんがまず習う噺です。
前座噺は落語の基礎トレーニングとして最適な噺ですが、特徴として「サゲがわかりやすいので、きちんと演じれば笑いが取れる」ことが特徴としてあげられます。
江戸落語では、前座・二つ目・真打ち(師匠)と身分が上がっていきます。
落語を披露する寄席に出られるのは二つ目からですが、では前座さんはどうするのでしょう?
実は前座さんも寄席には出ています。ただ、プログラムに名前は載せてもらえませんし、開始時間より前に出演するいわば料金外の出演です。
前座を4年ほど務めると、二つ目になりプログラムに名前を載せてもらえるようになったり、羽織を着たりSNSも出来るようになります。
前座さんが初めて高座に上がることを「初高座」と言いますが、「子ほめ」を初高座で演じた落語家さんは多く、笑点で人気の春風亭一之輔さんや桂宮治さんも子ほめが初高座です。
『子ほめ』ー感想
生まれたばかりの赤ん坊、とありますが噺によっては「お七夜」に熊さんは褒めに行きます。
出産経験のある私としては「まあ、はた迷惑な・・・」と思ってしまいます。
現代だとお七夜はまだ退院した直後です。
お母さんの体もまだ回復していないのに、騒々しい熊さんがお祝いに来たらなんだか疲れそう、と思うのは現代的なのかもしれません。
この時代は冠婚葬祭(結婚式やお葬式、お祝いごとなどすべて)を長屋全員で世話したり祝っていた時代なので、体調のすぐれないお母さんのお世話をもしかすると熊さんの奥さんがしていたかもしれませんし、相互扶助という考え方が成り立っていた時代だったんですね。
以上、「子ほめ」のあらすじ・感想でした。