『この世の喜びよ』『荒地の家族』書評&第168回芥川賞候補作も紹介!

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『この世の喜びよ』『荒地の家族』書評&第168回芥川賞候補作も紹介!

2023年1月19日、第168回芥川賞が発表されました。

何と2作のダブル受賞です!

受賞作『この世の喜びよ』『荒地の家族』はいったいどんな作品なのでしょうか。

どちらの作品も読み込んだ私が、ほかの候補作と一緒に力を入れてご紹介します!

受賞作の概要

『この世の喜びよ』と井戸川射子さん

今回の受賞作『この世の喜びよ』は小説ですが、実は井戸川射子さんは詩人さんです。

受賞作刊行の講談社プロフィールによりますと、


1987年生まれ。関東学院大学社会学部卒業。
詩集『する、されるユートピア』が中原中也賞を受賞、
初の小説集『ここはとても速い川』野間文芸新人賞を受賞されています。

書籍『この世の喜びよ』は表題作他『群像』初出小説2編を収録して2022年11月に発売されました。

『荒地の家族』と佐藤厚志さん

実は現役書店員!私と同業者の芥川賞作家さんの誕生です。

受賞作刊行の新潮社プロフィールによりますと、

1982年に本作の舞台でもある仙台市に生まれました。
東北学院大学文学部英文学科卒業。
『蛇沼』で新潮新人賞を受賞、
『境界の円居』で仙台短編文学賞大賞を受賞。
『象の皮膚』が三島由紀夫賞候補入りをされています。
書籍『荒地の家族』は2023年1月に発売されました。

一足お先にお伝えすると、これは震災小説です。

私は東北に居たわけではありませんでしたが、10代で東日本大震災を経験した時の出来事と並べてお話していきたいと思います。

『この世の喜びよ』の魅力・特徴

『この世の喜びよ』のキーパーソン・「あなた」とフードコートの少女

作中、二人称で「あなた」と表記される主人公は、商業施設の中の喪服売り場で働く壮年の女性です。

「あなた」はいつもフードコートにひとりで座っている10代の女の子が気になっています。

フードコートの少女も、「あなた」が喪服売り場のスタッフであることに気がついていました。

「あなた」とフードコートの少女。この二人が『この世の喜びよ』のキーパーソンです。

ふたりは次第に仲良くなり、深い事情を共有し合います。

少女は親の代わりに幼い兄弟の面倒を見ており、そんな生活に疲れきっていました。

まだまだ、子どもでいたい気持ちはあるでしょう。親代わりの人物を探しているのかもしれません。

「あなた」についても、親心の向く先を新たに求めているように思えます。

擬似親子のようになっていく「あなた」とフードコートの少女。

年の離れた友人のようでもありますが、ときおり親子のように戯れ合う場面もあります。

ねじれた関係性を描く「二人称」の効果とタイトルの意味

しかし、擬似親子は擬似親子であり、本当の親子ではありません。

少女が心の奥底で思っていること。「あなた」が心の奥底で思っていること。

お互いに偶像を重ね合っているねじれた二人の関係性やそれぞれの心理は、二人称という語りによって効果的に表現されています。

語りの仕掛けに引き込まれながら読み終わると、『この世の喜びよ』というタイトルが心に沁みてきます。

他の家って、他の国みたい。

かつての私も、フードコートの少女と同じことを感じていました。

親と子との物語。

それぞれ引かれる国境のような線。

ひょいと超えることもまた喜び、難航しつつ愛すこともまた喜び。

前作『ここはとても速い川』にも見られた、母、妊娠、家庭などのテーマをさらに掘り下げた『この世の喜びよ』。

その面白さをぜひ一度体感してみてください。

『荒地の家族』の魅力・特徴

『荒地の家族』は震災小説

地震の国、日本。

2022年、『荒地の家族』は震災小説として読者との距離を切実に保ち、読者とともに時間の経過を回想する小説です。

東日本大震災で大きな被害を受けた地域の1つである「仙台」が舞台です。

『荒地の家族』では東日本大震災のことを「災厄」、津波のことを「海の膨張」と書いています。

震災小説であると前知識を持って読むと、震災描写が異様に少なく感じるかもしれません。

震災当日の回想や記憶が大きく入ることはなく、誤解を恐れずに言えば、フラットでドライな印象を受けます。

東日本大震災「災厄」当時、私は小学生でした。

関東に住んでいたので震源に近いわけでもなく、津波「海の膨張」をこの目で見ることもありませんでした。

ただ異様に怖がりだったのか、教室で泣きわめくうるさい子どもで、それから2日ほど夜眠ることもできなったことを覚えています。

自分では大きな恐怖を味わったと思っていますが、それは東北の方の恐怖とは似て異なるものだと自覚しています。

この場で『荒地の家族』についてコメントする者が、実際に東北の震災恐怖「災厄」を知る者ではないことをどうかお許しください。

東北ではない場所での東日本大震災の経験をもとに読み進めていきます。

『荒地の家族』の「距離」

個々との「距離」感は非常に難しいものです。

傷ついているもの相手ならばなおのこと。

それがこの仙台では、皆が「災厄」を経験しているもの同士なのです。

毎日べったりお茶をするわけではない、

ただ様子が見たいときにそっと果物の差し入れを持って会いにいく。

頻繁に登場する色とりどりの果物たちは『荒地の家族』の中で珍しく鮮やかなパーツです。

食べてね。美味しくいただいてね。元気でね。

そんな意味が込められたご近所の愛なのではないかと思いました。

さらに、引き込むことを重視しすぎていないような著者の書き口にも「距離」を感じます。

意図されたものかは分からないのですが、『荒地の家族』はそのグイグイとした圧をほとんど感じない小説です。

「距離」は近ければ良いというものではないと知っているからこその、呆然とした主人公に重なる少し遠目の作者視点なのかもしれません。

『荒地の家族』の「時間」

復興には信じられないほどの「時間」を要しました。

10年経た今でも、安心して以前と同じ生活を送れない地域もあります。

現に『荒地の家族』の主人公は、その周りだけ時間が止まってしまったような生活をしています。

多くの後悔に、10年経過した今も縛られています。

ふっと小説の時間軸が10年前に戻り、そして何気なく現在へ戻ってくる、そのような描写もあります。

そんな生活をしている主人公と、周囲の人とは少し「距離」があるようにも思えたのですが、周囲の人の「時間」は止まってしまっているのかもしれません。

登場人物たちが皆、主人公と同じように10年前と現在を頻繁に行き来している可能性も充分にあると思いました。

震災小説にイメージしたもの

先ほど書いたように、私には震災小説とイメージするものよりも『荒地の家族』はずっとフラットでドライでした。

そう感じたわけは、「音」や「色」に関する描写が非常に少なかったことにあるのではないかと分析しています。

昨日のことのように思い出せる震災の恐怖とは、音も色もありあり蘇ってくる激しいもののように思うのです。

対して『荒地の家族』では「音」に関する描写は少なく、「色」に関する描写は初めと終わりに密集しています。

『荒地の家族』の「音」

例えば「逃げろー!」という声や緊急地震速報、避難を促すアナウンス。

これらは実際に10年前のあの日、確かにあった「音」ではないでしょうか。

私の地域ではありました。

悲鳴も、自分の泣き叫ぶ声も重なり、時々校長先生の放送も流れました。

机の下に隠れました。

どんなに懸命に机の足を押さえても、そこら中でガタガタと恐ろしい音がしました。

「海の膨張」の現場ではどうだったのでしょうか。

はじめ波が襲ってくるときには、ごうごうと大きな音がしたかもしれません。

ただ、海が完全に膨張したあと、きっとすべての音は水に吸い込まれて聞こえなくなってしまったのではないかと思うのです。

『荒地の家族』の「色」

「色」についてはどうでしょう。

『荒地の家族』では、初めと終わりに鮮やかな「色」の描写が固まります。

ごく序盤の鮭の卵の色はとても活き活きとして印象的でした。

お腹からぼろぼろと溢れる新たな命の色。それは主人公との生命力の対比のようでした。

終盤には海をとても明るく描写します。

「波のひとつひとつが白く光り」と。とても美しい情景が思い浮かびます。

まるで海辺に住む海を誇る住民の言葉のようです。

それが小説の半ばでは、「海の膨張」の苦しい記憶が溢れ出たように、暗くて静かな表現が続きます。

主人公や登場人物が釣りをする様子は稀にあるのですが、ビーチバレーをしたり、浮き輪と泳いだりしている人物は書かれません。

自然の大きさや、海の恐ろしさを知っているものこその表現のように思いました。

海は青く澄んだばかりではなく、暗い濁りがどこまでも続く表情を見せることもある。

そう、主人公は知っているのかもしれません。

受賞しなかった他の候補作の簡単な概要

受賞作と拮抗して選考委員を悩ませたほかの候補作は、一体どのような作品だったのでしょうか。

ここでは、惜しくも受賞を逃した3作品についてサッと紹介します。

『グレイスレス』の内容紹介

ポルノ女優を美しく、かつ男たちが喜ぶようにメイクアップするのが仕事の主人公の物語です。

主人公はポルノ業界の端くれのような思いを抱え、ポルノ女優の声を直に聞きます。

筆者の丁寧で誠実な筆致。

それは顔の細かいところまで見逃さず手施す化粧師のプロ意識とも、ポルノ女優たちのいずれ崩れる自分のメイクへのこだわりとも、重なる気がします。

『グレイスレス』は私の第168回芥川賞受賞予想作品でした。

20代で、女である自分の属性に心が振り回されながら読みました。

すでに書籍で発売されていますので、ぜひお手に取ってみてください!

『開墾地』の内容紹介

私はこの小説を読みながら、「言語を介したことばの互換性」について考えずにはいられませんでした。

主人公ラッセルは自分や父が使う言語を元に、アイデンティティを模索しているようです。

ラッセルは堪能に英語を話します。

ラッセルの父は、問題なく意思疎通はできるけれど少したどたどしい様子でしょうか。

父の英語に対して真摯に会話してくれない人々を見ては苛立ちます。

さらに父に「ペルシャ語を習いたい」と思い切って話した時の前向きではない父の返事が忘れられません。

海を渡り、日付変更線を越え、数々の国境を越えて小説に登場した主人公がそこまで英語を話さないことにとらわれる様子はとても苦しく映りました。

『ジャクソンひとり』内容紹介

ジャクソンはリベンジポルノ被害により、この日本で、この容姿で後ろ指さされるのはジャクソンただひとりかと疎外感を感じる時、ビッグな仲間たちと知り合います。

肌の色や背格好や性的嗜好。

それらのカテゴリでしか認識されないこの場所でよく似た「ジャクソンズ」たちは入れ替わり復讐を企てました。

男の子と女の子が入れ替わってしまうある映画を基にした発想。

そこに実は差別的要素があったことを気が付かされました。

あの男女とジャクソンが入れ替わっても、一発ばれなのです。

小説の始点終点と、ジャクソンズの集結解散の4点が全て微妙にずれているように感じた私は小説のその後が気になって仕方ありません。

第168回芥川賞はなんと2作同時受賞でした。

私は受賞作2作はかなり違った趣を持つ小説だと思っていますが、似ている点や異なる点を考えてみるのも面白いですよね。

とても楽しいお祭りです。

5作すべてを書店で買えるようになるにはまだ少し時間がかかるかもしれないのですが、ぜひあなたも読み比べてみてはいかがでしょうか?

第168回芥川賞『この世の喜びよ』

第168回芥川賞『荒地の家族』

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azuma

関東圏の書店で勤務中。翻訳小説、純文学、5大文芸誌がだいすきです!話題作に負けない、自ら見つけた輝く小説をお勧めすることをモットーに働いています。