『かぼちゃ屋』の紹介
『かぼちゃ屋』は古典落語の演目の一つ。原話は坐笑産(ざしょうみやげ・1773年)にあります。
仕事もせずにプラプラしている与太郎が、叔父からかぼちゃを売ってくるように言われるという話。
上方では「みかん売り」という題で2代目桂ざこば一門が多く演じています。
江戸時代は天秤棒にざるを下げて、野菜や魚、お菓子や惣菜などを売り歩く「棒手振り(ぼてふり・ぼうてふり)」と言われる商売が盛んでした。
ここでは、『かぼちゃ屋』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『かぼちゃ屋』ーあらすじ
二十歳になるのに仕事もせずぶらぶらしている与太郎が、八百屋の叔父に呼ばれてこう言われます。
「お前は二十歳になるのに仕事もせずに遊んでばかりで、おっかさんが心配して相談に来たんだ。まずはわしの商売を手伝え。用意してあるからかぼちゃを売り歩いてこい。」
天秤棒の前の籠に入っているのは大きなかぼちゃが10個、後ろの籠には小さなかぼちゃが10個。
「いいか、大きなかぼちゃは元値が13銭、小さなかぼちゃは12銭だ。表通りじゃなくて裏通りで長屋のおかみさん連中に売ってこい。上を見て売ってくるんだぞ!」
強引な叔父の態度にぶつぶつ言いながら、天秤棒を担いで裏長屋にたどり着いた与太郎ですが、いきなり
「かぼちゃあ!」
と大声を張り上げたのでそこにいた男はびっくり。今から風呂屋に行く、という男に
「風呂屋に持っていけ」
とかぼちゃを売りつけようとします。
風呂屋にかぼちゃなんか持っていけないと言われ、
「かぼちゃと一緒に湯に使ったら、どっちがかぼちゃかわからないもんな」
と捨て台詞をはいた与太郎に男は激怒。大慌てで逃げ出します。
次の長屋では、長い天秤棒が長屋の狭い路地でひっかかってしまいあたふた。
そこに気のいい男が現れ助けたついでにかぼちゃも買ってくれます。
「かぼちゃ屋か。このかぼちゃいくらだい?」
「大きい方が13銭、小さい方が12銭」
与太郎は叔父の言った「上を見て」の意味がわからず、空を見上げながら元値でかぼちゃを売ります。
そんな与太郎を面白がった男は、長屋の連中にも声をかけてかぼちゃを全部売ってくれました。
かぼちゃが全部売れたことを報告すると叔父は喜んでくれましたが、元値でかぼちゃを売ってきたと知ると大激怒。
「掛け値しないやつに女房子供が養えるか!」ともう一度かぼちゃを売ってくるように言います。
またさっきの長屋に戻り、あの気のいい男にかぼちゃを買ってくれという与太郎。
値段を聞いてきた男にさっきより1銭高い値段を言います。
値上がりしたな、という男にさっきは元値(掛け値なし)でかぼちゃを売っていたことを告げると、
「おめでたい奴だな、いったいいくつだ?」
「60歳!元は20歳で40歳は掛け値」
歳に掛け値するやつがあるかい、変わったやつだと言われますが、
「掛け値しないと女房子供が養えない」
『かぼちゃ屋』ー概要
主人公 | 与太郎 |
重要人物 | 八百屋の叔父・かぼちゃを売ってくれた気のいい男 |
主な舞台 | 江戸時代 |
時代背景 | 町中にものを売り歩く棒手振りを生業とする者が多くいた |
出典 | 「坐笑産」の「人はそだち」 |
『かぼちゃ屋』面白さ
「上を見て」がわからない与太郎
「上を見て」というのは「仕入れ値に儲けを足して」という意味です。
「いいか、大きなかぼちゃは元値が13銭、小さなかぼちゃは12銭だ。上を見て売ってくるんだぞ!」という叔父さんの言葉の意味は「13銭のかぼちゃに設けを足して(上を見て)売ってこい」ということ。
例えば13銭のかぼちゃに1銭足して14銭で売れば、かぼちゃ1つにつき1銭の儲けが出ますよね。
かぼちゃを10個売れば、10銭の儲けになります。
しかし言葉の意味をそのままうけとった与太郎は「上を見る」=「上を見上げながら」という意味だと理解していました。
ぼーっと空を見上げながら、仕入れた値段でかぼちゃを売ってしまったため儲けはありません。
「何のために重いかぼちゃ担いで、歩きまわってんねん!」と突っ込みたくなりますね。
「掛け値しないと女房子供が養えない」
「掛け値」というのは「実際より高い値段」のこと。
「掛け値しないと女房子供が養えない」というのは「実際(元値)より高い値段をつけないと(儲けを出さないと)、女房子供を食べさせることができない」という意味です。
叔父さんに怒られてもう一度かぼちゃを売りに行った与太郎ですが、掛け値を知らずに元値でかぼちゃを売っていたと聞いてさっきの男はびっくり。
「おめでたい奴だな、いったいいくつだ?」
と聞かれ、叔父さんに教わった通り掛け値をします。
「60歳!元は20歳で40歳は掛け値」 なんにでも掛け値しないといけないと思った与太郎は、年齢にも掛け値してしてしまいます。
「掛け値しないと女房子供が養えない」がこの噺のサゲになります。相手をしていた男の呆れた表情が想像できませんか?
『かぼちゃ屋』―現代の聞き手では理解しにくい点
棒手振りはどんな仕事?
天秤棒を担いで町中を練り歩く「棒手振り」と言われる職業は、大都市の江戸・大坂で発展した商売です。
商品は、野菜・魚・惣菜など食べ物から箒や金魚・朝顔・蚊帳・玩具などありとあらゆる物が売られていました。
独身者や単身赴任の男性が多かった江戸では、ご飯のおかずを売りに来てくれる棒手振りはありがたい存在だったでしょう。
1659年(4代将軍家綱の頃)江戸幕府は棒手振りで扱う商品のいくつかを「振売礼」を持っている人のみが販売できる、という許可制にしました。
許可が必要なこの商品の中でも、煙草や塩、飴、味噌、醤油などは「50歳以上か15歳以下、体に障害のある人」にのみ振売礼を与えました。
今では50歳と言えば現役世代ですが、「人生50年」と言われた江戸時代では高齢者。
度重なる家事で身寄りがなくなった高齢者や孤児、体に障害のある人にのみ許可を与えるという社会的弱者への救済措置だったわけです。
では元気な20歳の与太郎はどうして棒手振りができたんでしょうか。
それは、幕府も許可制にしたものの実際には無許可で棒手振りをする人が多く、後に振売礼はなくなったからです。
日銭を稼ぐことができて、家柄も学も経験もいらない気軽な棒手振りの姿は歌川広重の『東海道五拾三次』など多くの浮世絵に登場しています。それくらいありふれた存在だったんでしょうね。
表通りではなくて裏通りの長屋で売ってこい
江戸時代の庶民の住まいと言えば長屋です。長屋にも大きく分けると2種類あって、「表長屋」「裏長屋」に別れます。
表通りに面した表長屋は店舗兼住宅が多く、比較的裕福な商人や棟梁が住んでいました。
家の中に井戸やトイレもあるためプライベート空間が守られ、独立した台所もあるゆったりとした空間です。
それに引き換え裏通りの裏長屋は6畳の広さに1.5畳の台所と4.5畳の寝室兼リビング。トイレも井戸も長屋の人たちと共用です。
プライバシーがない代わりにご近所づきあいは盛んで、井戸の周りでおかみさん達が集まって洗濯や炊事をしながらのおしゃべりは「井戸端会議」と言われて今でも使われる言葉ですよね。
この井戸端のおかみさん達相手に商売をすれば、1度にたくさんのかぼちゃが売れます。
実際には気のいい男が売りさばいてくれましたが、これもご近所ネットワークならでは。
「どっちがかぼちゃかわからない」で怒られたのは?
最初に会った男に 「かぼちゃと一緒に湯に使ったら、どっちがかぼちゃかわからないもんな」 と言って怒られた与太郎ですが、「かぼちゃ野郎」というのは「間抜け」という意味。
与太郎、ぼーっとしている様でなかなかの捨て台詞をはく男です。
天秤棒がひっかかる
与太郎が天秤棒を担いで裏通りを行くと、天秤棒がつっかえて身動き取れなくなります。
これは裏通りの狭さゆえ。裏長屋が向かい合って建っている裏通りの道幅は3尺(約1m)から6尺(約1.8m)。
天秤棒は6尺前後の物が多かったため、棒手振りに慣れていない与太郎は長屋と長屋につっかえて動けなくなってしまったんでしょうね。
『かぼちゃ屋』ー感想
与太郎のような男でも生きていけた江戸時代
与太郎は落語によく出てくるキャラクター。
「道具屋」という落語ででもかぼちゃ屋の与太郎同様、叔父さんの商売をいきなり手伝わされ古道具を露天で売ります。
もちろん知識もなにもないのですが、愛嬌があって物言いが面白いせいかお客をひきつけます。
そして噺にもよりますが、最後は(なんとか)売買が成立する、といった具合。
そして棒手振りも技術や経験がいらないため、与太郎のような男でも稼げる商売でした。
とにかく人口が多く購買者の多い江戸の町では、棒手振りだけでも家族を養って生活できるくらいの収入になったそうです。
気軽な独り者の場合、今日は気が乗らないから仕事を休んでも明日働けば食べていけるだけの日銭は手に入ります。
与太郎のようにポンコツだけれども憎めない男が生きていけた江戸時代は、今よりもっと他人に寛容な時代だったのかもしれません。