小説『夜廻』(よまわり)についての紹介
『夜廻』は2017年にPHP研究所から刊行された本で著者は保坂歩さん、イラストは溝上侑さんです。
このお話は元々2015年に日本一ソフトウェアから発売された「夜道探索アクションゲーム」が原作で、その後も「深夜廻」や「夜廻三」など続編が出るほど人気な作品です。
ここからは、そんな『夜廻』のあらすじや解説、感想を語っていきたいと思います。
小説『夜廻』のあらすじ
ある日の夕方、少女は愛犬のポロと街はずれを散歩していた。しかし「トンネル」に差し掛かるところで「あること」が起き、ポロとはぐれてしまう。
一人悲しく帰ってきた少女を見て、姉はポロを探しに「夜の街」へ行き、なかなか帰ってこない。
少女は心配になり姉とポロを探しに夜の街へ出てしまう。が、そこで待ち受けていたものは昼間の街とは似つかない不気味な化け物だらけの街だった。
それでも二人を探し出すため少女は化け物に立ち向かい、夜の街を駆け回る。
壮絶な夜を越え代償として片目を失うが、明け方には姉と家に帰ることできた。
小説『夜廻』の登場人物
~メインキャラ~
- 少女(わたし):『夜廻』の原作、本書ともに主人公。名前は明かされていない。年齢は 定かではないが小学校中学年くらいの年齢と思われる。赤いリボンのカチューシャが特徴的。
- お姉ちゃん(私):少女の姉。制服を着ていて、主人公と歳があまり離れていないため中学生くらいの年齢と思われる。母の死と関係があるらしい....。
- ポロ:少女たちの愛犬。白くておとなしい。
- よまわりさん:大きな袋を巻きつけた奇妙な化け物。子どもを狙う。
- 巨大な腕や顔:「向こう側」の世界の化け物。よまわりさんとの関係とは....?
~サブキャラ~
- 若い男:お姉ちゃんが出会った青年。いい人そうだが...。
- ムカデ:少女を襲った(?)巨大なムカデ。
- お母さん:少女が幼いころに亡くなった。
- お父さん:単身赴任中。仕事でほとんど家に帰ってこない。
- その他数々のお化けたち
小説『夜廻』・解説1 ~原作ゲームとの違い~
主人公と姉の二つの視点からストーリーを楽しめる
原作は三人称視点で操作し、少女を主軸にストーリーが進みます。
ですが、本書では原作(少女side)に姉sideのストーリーが加わり、交互に書かれています。
下記は姉sideのストーリーです⇓
~姉side~
一人で帰ってきた妹(主人公:少女)の「いなくなっちゃった」という言葉を聞き、何かを察した姉は「自分の目で確かめよう」と「夜の街」に出ていく。
途中、姉を追いかけてきた妹と合流するも「よまわりさん」に遭遇し、妹を逃がすために捕まってしまう。
さらわれた先は、数年前と同じ「廃工場」に置かれたコンテナの中だった。
休んでいたところを「若い男」に殺されそうになり、逃げようとした先でよまわりさんと遭遇。
捕まらなかったものの、過去に母を襲った巨大な「腕」に飲み込まれてしまう。
母を救えなかった過去を悔やみ、自分を憎む姉。母と同じように腕に喰われそうになるが妹に救い出され、家に帰ることができた。
このように、本書では少女sideのストーリーと同時刻に、姉は何をしていたのか知ることができます。
例えば、少女sideでコンテナの近くにおねえちゃんのお守りが落ちているシーンがあるのですが、原作のゲームでは少女sideのみなので「想い姉ちゃんに何かあったんだ」としか考察することができません。
しかし、本書には姉sideがあるため「若い男」に殺されそうになったことや巨大な「腕」に飲み込まれてしまったからだということが分かり、少女が「それ」を見つけるまでの過程を知ることができます。
つまり、姉sideを知ることで少女sideの理解が深まるという、まさにこの姉妹そのものの「二人で一つの作品」なのです。
小説『夜廻』解説2 ~原作と比べてココが良い・悪い~
結末が分かることのスッキリ感と解釈
先ほど言ったように姉sideがあることで理解が深まり「真の結末」を知ることができます。
しかし、逆に言うとストーリーの「解釈」を奪ってしまっていることにもなります。
人によって解釈はさまざまで、物語には「必ずしも終わりがなくてはいけない」決まりはありません。
つまり人によって「良い・悪い」は異なり、他人がそれを決める権利は無いということです。
原作をプレイしてから読むのも、その逆も、自分の解釈を大事にし本書を読まないのも、その人の自由です。
だからこの作品自体に良い・悪いは無く、あなたの選択次第で「良い」にも「悪い」にもなります。
小説『夜廻』感想1 ~本書の魅力~
文字から伝わってくる恐怖感や孤独、愛
本書は「文字だからこそ」の魅力が多いです。
例えば、よまわりさんが迫ってくる音の「ずりずり。ずずず、ごりっ。」という文字は「実際はどんな音なのだろう」と想像力を掻き立てられますし、得体のしれない化け物の気持ち悪さを感じられます。
個人的には、よまわりさんが怒りを露わにした場面の表現力に感激しました。
表に現れたそれは、お肉の塊だった。
まんまるで肌色に近いピンク色の体には、這うように青い血管が浮き出ていて、大小様々なこぶのようなものが盛り上がっていて、時々ぶるんと震える。抜粋:『夜廻』七章‐丑三つ時・妹
特に「這うように青い血管が浮き出ていて」という具体的な様子や、「ぶるん」などの擬音からは、まるで全体が臓器そのもののような、はたまた赤ん坊のようなそんな姿をしているのだと容易に想像ができます。
また「お肉の塊」という読者が想像しやすいもの且つ、少女の年齢沿ったものに例えているところにも表現力の高さを感じました。
このように、グロテスクで吐き気のするような気持ち悪さを感じることができるのは、著者の表現力と文字の力なのです。
(ちなみに私は、ホラー系においての「気持ち悪い」は誉め言葉だと思っています。)
また、姉妹の愛と孤独感はどの場面でもひしひしと感じます。
姉sideでは「たとえ自分が傷だらけになっても、妹だけは守る」という強い想いと「頼れる大人がいないことの孤独感」が言葉から伝わってきますし、後半は特に「母を見捨ててしまったことへの自己嫌悪」も多くみられます。
お母さんが私を逃がしてくれたなんて。
そんなの、都合の良いニセモノの記憶だ。
あのとき、お母さんは私に手を伸ばして叫んでいたじゃないか。
「助けて――お母さんを見捨てないで」って。
それなのに、私は。私は――。
お母さんに背を向けてしまった。抜粋:『夜廻』八章‐明け方・姉
どんな形であれ母親を置き去りにし自分だけ逃げてきてしまったことは、姉にとって「忘れてはならない忘れたい記憶」でしょうし、だからこそ「お母さんの形見」でもある「大切な妹」を失いたくないという想いが大きいのだと思います。
妹sideでは「いつだって優しくて、大人なお姉ちゃんが大好き」という想いと、「ポロを失った孤独感」が気持ちから伝わってきます。
ですがあるとき自分が姉の表面しか見ていなかったことに気がつきます。
お母さんがいなくなって、本当にさみしかったのはお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんは、まだ小さくて、自分ではなにもできないわたしを抱えて、甘えられる相手を失ったんだ。
ポロがいたからよかったけど、お父さんもあまり帰ってきてくれない家では、お姉ちゃんは強くて優しい大人であり続けなければいけなかった。抜粋:『夜廻』八章‐明け方・妹
ここは妹の姉についての考え方が一気に成長する大事な場面です。
人は必ずしも一面だけではなく、家族だからこそ見せられない弱みや暗い部分はたくさんあります。
本来ならばこの歳で理解できないことも、こういう奇妙な体験をしたから気がつけたと言っても過言ではないし、何よりも気がつけたことによって「姉に支えられるだけの妹」から「互いに支え合う姉妹」になれたことが一番の成長だと思いました。
「失ったものが多いからこそ強く結ばれた姉妹の絆」を感じた作品でした。
感想2 ~原作ゲーム『夜廻』の魅力~
音や映像の臨場感や焦燥感、生々しさ
本書は文字で心情や状況が事細かに書かれていましたが、原作で文字が出てくるのは少女の日記くらいしかなく、その時々の心情はくわしく分かりません。
ですがその分、音や映像だから読み取れることはあります。
例えば化け物が遠くから迫ってくるときは「ドクン ドクン ドクン」と心音が聞こえるシステムになっていますし、近ければ近いほど「ドッドッドッドッ」と脈が早くなりるので、焦燥感や逃げなきゃという気持ちを煽られます。
また化け物に捕まると画面に血が飛び散る演出なので、程よい生々しさと恐怖感が感じられゲームの世界観に引きずり込まれます。
祠に光を灯して回る場面では、巨大な「腕」をうまく避けながらなので臨場感が凄いですし、「あと二つ、あと一つ」とだんだんクリアに近づいていくドキドキがあり純粋に楽しいです。
もちろんクリアした後の達成感も気持ちがいいです。
それとアドレナリンが凄いので寝る前にプレイしない方がいいです(笑)
以上『夜廻』(よまわり)の紹介でした。ありがとうございました。