『寿限無』の紹介
昔は子供が生まれると、近くのご隠居さん(徳の高い方)に子供の名づけをお願いすることが多々あったそうです。
子供に名づけに関する笑い話です。『寿限無』(じゅげむ)は落語の中でも代表的なお話のうちの一つです。
早口言葉のようにまくし立てる口調から、噺家が前座話として最初に習得するお話でもあります。
この落語のタイトル、寿限無という単語だけでも聞いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。
子供にとんでもなく長い名前を付けてしまった笑い話です。
上方落語※では「長名のせがれ(ながなのせがれ)」とも呼ばれています(※大阪、京都など西側で上演されることが多い落語のこと)。
ここでは、そんな『寿限無』のあらすじ・解説・感想までをまとめました。
『寿限無』ーあらすじ
なかなか子供が授からない、ある夫婦がおりました。夫婦の男の名前は熊八といいます。
熊八はようやく待望の子供を授かることができました。子供が生まれて七日経ちました。そろそろ名前を付けようと、熊八は、お寺の和尚さんのもとに相談に行きました。
ようやく授かった第一子です。
大変にめでたく、長生きができるような、食べることに困ることのない、縁起の良い名前をいただけるよう、熊八は和尚さんにたくさんの名前の候補を紙に書いていただきました。
名前の候補の由来と意味をすべて聞きぬいた熊八は、名前を決定します。
それはいただいた名前をすべて使った、とんでもなく長い次のような名前でした。
寿限無、寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の、水行末・雲来松・風来松、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命の長助
和尚さんには普通は1つ選ぶものだとたしなめられますが、候補にもらった名前をすべて使います。
その名前をもらった子供(以下寿限無~と省略します)が、すくすく育ちます。
ある日、寿限無~と友人がけんかをしました。友人の頭にはおおきなたんこぶができてしまいました。
たんこぶを作った友人が、寿限無~の家に告げ口をしにきます。泣きながら寿限無~の家にきます。
母親はうちの寿限無~がごめんね、隣にいた熊八にも寿限無~が友人を殴ってしまったことを報告します。
熊八はたんこぶができた友人の頭に薬を塗ろうとします。しかし友人の頭にたんこぶは見当たりません。
友人のたんこぶは、寿限無~の名前が長すぎるために、薬を塗る前に引っ込んでしまうのでした。
『寿限無』―解説(考察)
寿限無の名前
寿限無の名前は以下の通り。
寿限無、寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の、水行末・雲来松・風来松、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命の長助
「NHKおはなしのくにクラシック」より
『寿限無』はせっかく和尚さんが考えてくれた名前を、どれか一つに絞り込んでしまったら縁起が悪いと感じた熊八が、子供にとんでもなく長い名前を付けてしまったという笑い話です。
長い名前によって笑いが起こる落語ですね。
このめでたい名前は8個に分類されますが、ここではそんなとても長い名前の意味について、一つずつまとめました。
名前 | 意味 |
寿限無(じゅげむ) | 寿命が限りなく長生きするように |
五劫(ごこう)のすりきれ | 三千年に一度天女が下界に降りてきた際、羽衣が巨大な岩の表面を撫でることで岩が擦り切れるまでの時間を一劫(いちこう)。これを5回繰り返すという、ほとんど永遠に近い時間のこと |
海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ) | 無数に存在する海の中の砂利や、水の中の魚たちのように膨大で獲っても獲りつくせないくらい長生きできるようにと願いを込めた |
水行末雲来末風来末(すいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ) | 海の水はどこへ行くのかゆくえは知れず、雲の流れも行く先はわからず、風もどこから来るかどこへ行くか果てしないことをたとえた |
食う寝るところに住むところ | 衣食住、すべてがそろっていないと生活に困ることがあります。そのようなことがないように |
やぶらこうじのぶらこうじ | 藪柑子(やぶこうじ)(別名:ジュウリョウ(十両))は日陰にも強く、葉が落ちても実が落ちても再生する強靭な生命力があり、一年中枯れることなく栄えていることを表します。ぶらこうじは果実が藪柑子にぶら下がる様子ともいわれています。余談ですが江戸時代、明治時代には大流行したことのある縁起物の植物です |
パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナ | 唐土(もろこし)の国のパイポという王国のシューリンガン王とグーリンダイ妃の間に生まれたポンポコピー、ポンポコナー、一家はみな大変に長生きしたという架空の話からもらったありがたい名前 |
長久命の長助(ちょうきゅうめいのちょうすけ) | 長久命は、長く久しい命という意味があります。また、天地長久(てんちちょうきゅう)からきているという説もあります。※天地長久とは天地が永遠に不変であるように物事が継続して続くという意味です。そして和尚さんが「もし自分に男の子供が生まれたら、長助という名前にしたい」と言ったこともあります |
熊八は、和尚さんからいただいたこのような名前をすべて付けました。
・大きくなった寿限無~長久命の長助は友達とけんかする
寿限無〜とけんかした友人。(「寿限無〜」と省略します。)
子供のけんかですが、友人は寿限無~からたんこぶをもらってしまいます。
たんこぶをもらった友人は悔しいので、寿限無~の母親たちに告げ口をしに行きます。
寿限無~の母親に、寿限無~とけんかしたこと、たんこぶができてしまったことを伝えると、寿限無~の母親は、寿限無~の父親に寿限無~が友人にたんこぶ作ってしまったことを謝罪します。
また、薬を塗ってやるから頭を見せてくれといいます。
・たんこぶができたという頭を見てみると
友人の頭に薬を塗るために熊八が友人の頭を見てみますが、たんこぶらしきものは見つかりません。
友人に聞くと、寿限無~の名前が長すぎて薬を塗る前にたんこぶが引っ込んでしまったのでした。
これは寿限無~の名前が大変に縁起が良く、3回も周りで唱えたため、たんこぶがなくなったのだ、ともとらえられます。
また本当は友人は、自分にできたたんこぶを寿限無~の両親に見せて、寿限無~が怒られるのを期待していたのかもしれません。
怒られたのか、怒られなかったのか、この落語の中では明らかにされていませんが、たんこぶがなければ本当に殴ったのかどうか熊八はわかりません。
長い名前ゆえに、寿限無~が起こした子供のけんかの証拠であるたんこぶがなくなってしまったという笑い話です。
『寿限無』ー感想
実はこの寿限無~当人はこの落語にほとんど出てきません。長い名前をもらった子供の周りの人物たちのやりとりです。
親が子供の繁栄を祈るのは、いつの時代も同じです。
熊八は寿限無~のことをとても大切に思っているため、少しでもいい名前をつけようと一生懸命です。
和尚さんからいただいた名前をすべてつけるということをします。人と違った感性を持っています。普通であれば1つに選ぶものの、選ぶのではなく、すべてを使う選択をしたのです。
笑い話を交えて周囲はもしかしたら珍しい寿限無~の名前の長さについて批判をしていたのかもしれません。
現代の珍しい名前(一般的に普及していない名前、当て字等)キラキラネームと子供に着けられた珍しい名前を面白くいう風潮にも似ています。
たんこぶをもらってしまった友人は、なぜ寿限無~とけんかすることになってしまったのでしょうか。
子供ですからけんかの原因などはこの落語の中では明確になっていません。
しかし寿限無~の名前が長いことを冷やかしてけんかが起きたのであれば、この友人は寿限無~の名前のパワーを思い知ったことでしょう。
寿限無~の名前を呼んでる間にたんこぶが引っ込んでしまうのです。すごいパワーです。
友人も自分の両親に寿限無~とけんかしてたんこぶができたことを伝えようとしてもたんこぶはもうなくなっているので、けんかしたことが本当なのか確認できません。
この落語の中では、寿限無~と寿限無~の友人が仲直りしたのかまで明確にされていません。
現代まで笑い話として語り継がれているのですから、仲直りできているのでしょう。